Ernesto Nazarethのピアノ曲リスト(アルファベット順)
ナザレの作品は各種文献を調べた範囲で、下記の219曲がリストアップされました。大部分はピアノ曲(後に歌詞がつけられた曲もあり)ですが、一部は最初から歌曲として作られたものも含まれています。下記の黄色枠のリストはアルファベット順とし、その下の「Ernesto Nazarethのピアノ曲の解説」の所を作曲年代順リストとしました。アルファベット順リストの曲名の所をクリックすると、作曲年代順リストの該当曲および曲の解説に飛ぶことが出来ます。アルファベット順リストの「作曲年」については、作曲年不明の曲が多く、その場合空欄としています。「出版年」とは楽譜の初版の出版年のことですが、出版はされたもののいつ初版なのかが不明な曲は? 、ナザレの生前には出版されなかった曲は - または括弧 ()、と記しました。「作曲年代順リスト」では「作曲年」が分らない作品は「出版年」の年でリストに組み込みました。このリストについては今後研究が進むにつれ間違いが出てくると思われます。その時は随時リストも書き換えていきたいと考えています。
他で出版されているナザレの作品カタログで、このHPの作品リストにのっていない曲がいくつかあります。それについては以下の通りです。
- Adorável=Yolandaの元の曲名。
- Albíngia=Primorosaの元の曲名。
- Hino da escola Pereira Passos=Rio de Janeiro, Canção cívicaが、同じ歌詞でHino da escola Pereira Passosという曲名で発表されている。
- Hino da cultura de afeto às nações=自筆譜でSalve, Salve!, as nações reunidas!という曲が、1926年にHino da cultura de afeto às naçõesという曲名で出版されている。
Ernesto Nazarethのピアノ曲の解説(作曲年代順)
ナザレのピアノ曲の多くははロンド形式(A-B-A-C-Aの形式で、Cの部分をTrioと呼ぶ、各部分は繰り返して演奏することもあり)から成ります。下記の解説でA、B、Cの部分とか書いてあるものは、特に断りのない限りA-B-A-C-A形式の中のそれぞれの部分を指しています。ナザレの自筆譜や初版譜ではA-B-A-C-まで記されてダ・カーポ (D.C.) の指示があるものの、その後の繰り返しの終わりの場所の表示 (Fine) が無いことがしばしばあり、その場合は便宜的にA-B-A-C-A形式と看做しました。また初版譜ではA-B-A-C-A-B-A形式だったが、その後の校訂でA-B-A-C-A形式に変えられた曲がいくつかあり、その場合はオリジナルのA-B-A-C-A-B-A形式として記しました。
1877
- Você bem sabe!, Polka-lundú ボセ・ベン・サービ(あなたはよく知っている)!、ポルカ・ルンドゥー
ナザレ14歳の時の作品で、初出版された曲。父に献呈されていて、「Você(あなた)」は父のことを指していると思われる。ポルカは言う迄もなくヨーロッパのボヘミア起源の踊りだが、1840年代頃よりブラジルで流行していた。変ニ長調。前奏-A-B-A-C-A'-B-A形式。和音進行が比較的単純とはいえV7の和音で始まる気の利いた前奏や、Bでの2小節毎の転調、Cの右手の2オクターブに及ぶ華やかな旋律、A'の変奏など、十分に作曲技法を身につけた少年ナザレの才能を感じさせる佳作である。また基本的にはポルカのリズムながら、Aの7小節目の旋律に現れるシンコペーションなどは、将来のナザレお得意のタンゴ(・ブラジレイロ)の芽がここに出ているともとれる。1878
- O nome d'ella, Grande valsa brilhante オ・ノーミ・デラ(彼女の名)、華やかな大ワルツ
前奏は変イ短調だが、主題は変イ長調。形式は前奏-A-B-A-C-D-E-F-A-コーダ、とTrioの部分に次々と新しい旋律が現れる、舞踏会向きの感じの明るいワルツ。1879
- Cruz, perigo!!, Polka クルス、ペリーグ!(あっ、危ない!)、ポルカ
ナザレの作品で2番目に出版された曲。ナザレ16歳の時の作品ながら、溌溂としたリズムや曲の雰囲気など、ナザレの才気が十分に溢れる華やかな曲。ヘ長調。Aの右手の旋律はリストのピアノ曲を思わせる連打音の連続だ(下記の楽譜)。ハ長調のBはシンコペーションが小気味よく、変ロ長調のCはアルペジオの旋律が上へ下へと動き回る。
Cruz, perigo!!, Polka、1-5小節、Arthur Napoleão & Miguézより引用1880
- Gentes!, o imposto pegou?, Polka ジェンティス!、オ・インポスト・ペゴウ?(皆!税金を払った?)、ポルカ
1879年末、ブラジル政府はリオ・デ・ジャネイロ市街の馬車またはロバが曳く路面鉄道の乗車賃に20レイの税金をかける法律を施行した。これに市民が大反発し騒動となり、結局、翌1880年には法律は廃止された。おそらくこの時の騒動を皮肉って、ナザレはこの曲名を付けたと思われる。ヘ長調。Aでは左手の伴奏はポルカだが、右手の旋律は少しシンコペーション混じり。Bはハ長調で、上へ下へと舞うような旋律となる。Cは変ロ長調で、左手伴奏ブンチャッブンチャッにのって、右手にシンコペーションの旋律が奏されるのはラグタイムに似ている、と分析する文献もある。- Gracietta, Polka グラシエッタ、ポルカ
Graciettaとは女性の名前。変イ長調。Aの右手の旋律は、上へ下へと舞うようで優雅。Bは変ホ長調に、Cは変ニ長調になる。1881
- Não caio n'outra!!!, Polka ナン・カイオ・ノートラ!(もう魅せられないぞ!)、ポルカ
この曲は、作曲家・フルート奏者のViriato Figueira da Silva (1851-1883) が作曲したポルカ "Caiu! Não disse?" (1880年出版) を捩って作られたようである。ヘ長調、A-B-A-C-A-B-A形式。ちょっとシンコペーション混じりなのが、将来のナザレを予感させる曲。Bはハ長調、Cは変ロ長調になる。この曲の楽譜はよく売れたらしく、1887年には第10版まで印刷されている。1882
- A fonte do suspiro, Polka ア・フォンチ・ド・ススピロ(ため息の泉)、ポルカ
イタリアのヴェネツィアに「ため息橋 (Ponte dei Sospiri)」という名所がある。またリオデジャネイロ州ノーヴァ・フリブルゴ (Nova Friburgo) に「ススピロの泉」があり、いずれかに因んだ曲なのだろう。変ニ長調、A-B-A-C-A-B-A形式。オクターブで上行する旋律が勇ましい曲。Cは嬰ヘ長調になり、左手・右手交互に旋律が現れる。- O nome d'ella, Polca オ・ノーミ・デラ(彼女の名)、ポルカ
ヘ長調、A-B-A-C-A-B-A形式。陽気なポルカで、Bはハ長調で現れるシンコペーションはナザレらしい雰囲気。Cは変ロ長調になる。1883
- Os teus olhos captivam, Polka オス・テウス・オリョス・カプティヴァム(君の瞳は私を虜にする)、ポルカ
ニ長調、A-B-A-C-A-B-A形式。Aの部分は陽気なポルカ。Bはイ長調で左手のシンコペーションと右手16分音符連打音がナザレお得意のパターン。Cはト長調で華やか。1884
- Beija-flor, Polka ベイジャ・フロール(蜂鳥)、ポルカ
当時この作品は好評で楽譜は何版も再版されたとのこと。イ長調、A-B-A-C-A-B-A形式。全曲、左手の流れるようなアルペジオの伴奏にのって、付点のきいた旋律が奏される。付点やシンコペーション混じりの旋律と古典的なアルペジオの絶妙な組み合わせはナザレ独特のパターンで、後のナザレの作品に度々現れる彼お得意の書法となる(下記の楽譜)。Bは嬰ヘ短調、Cはニ長調になる。
Beija-flor, Polka、1-6小節、25 Tangos brasileiros (Choros) e 26 Obras para piano, Fermata do Brasilより引用- Não me fujas assim, Polka ナン・メ・フジャス・アシム(私から逃げないで)、ポルカ
ホ長調、A-A-B-A-C-A-B-A形式。Aは両手共シンコペーションの和音で、旋律らしきものは乏しい。Bは嬰ハ短調で哀愁漂う旋律になり、楽譜の所々に "Não me fujas assim" と記されている。Cはイ長調で、軽やかな調べになる。1885
- Primorosa, Valsa プリモローザ(優美な)、ワルツ
この曲のナザレの草稿には、"Albíngia" という曲名を付けたものがある。ナザレは1886年にTeodora Amália Leal de Meirellesと結婚したが、この曲は彼女の妹のDona Maria Emília Meirellesに献呈された。ニ長調。題名通りの優美なワルツで、たっぷりと着飾った女性の姿を連想させるかな。Bはロ短調、Cはト長調で両手とも和音で豪奢な響き。- Recordações do passado, Valsa ヘコルダサンス・ド・パサード(昔の想い出)、ワルツ
ヘ短調、A-B-A-C-A-B-A形式。AとBの部分は8小節、Cはヘ長調になり16小節という短い曲。物悲しい雰囲気の曲。1887
- A flor dos meus sonhos, Quadrilha ア・フロール・ドス・メウス・ソーニョス(私の夢の中の花)、クァドリーリャ(カドリーユ)
クァドリーリャとは、ヨーロッパで18〜19世紀に流行したカドリーユ Quadrille(フランス語)という歴史的ダンスのポルトガル語表記で、19世紀にはブラジルのサロンでも踊られていた。クァドリーリャは五つの部分から成り、形式は以下のように決まっている。1. 〈パンタロン Le pantalon〉(2/4または6/8拍子、A-B-A-C-A形式)〜2. 〈夏 L'été〉(2/4拍子、A-B-B'-A形式)〜3. 〈雌鶏 La poule〉(6/8拍子、A-B-A-C-A-B-A形式)〜4. 〈羊飼い La pastourelle〉(2/4拍子、A-B-C-B-A形式)または〈La Trénis〉(2/4拍子、A-B-B-A形式)〜5. 〈終曲 Finale〉(2/4拍子、A-A-B-B-A-A形式)。ナザレのこの曲は、〈パンタロン〉はイ長調〜〈夏〉はニ長調〜〈雌鶏〉はト長調〜〈La Trénis〉(A-B-B'-A形式)はニ短調〜〈終曲〉はニ長調。1888
- A bella Melusina (A bela Melusina), Polka ア・ベーラ・メルシーナ(美しいメリュジーヌ)、ポルカ
メリュジーヌとは、フランスの伝説に登場する、上半身は美女だが下半身は蛇の女のこと。ニ長調、A-B-A-C-A-B-A形式。ポルカと副題がついているが、全曲に亘って左手伴奏はブチャンチャブンチャンのシンコペーションであり、それにのって陽気な旋律が奏される。BとCはト長調になる。- A fonte do Lambary, Polka ア・フォンチ・ド・ランバーリ(ランバーリの泉)、ポルカ
出版譜には「ランバーリ水会社に捧げる」と記されていて、おそらくランバーリというミネラルウォーター製造会社があったと思われる。変イ長調。1884年のBeija-flor, Polka同様、左手のアルペジオにのってシンコペーションのきいた旋律が奏される。Bはナザレお得意の左手伴奏ブチャンチャブンチャンが賑やか。Cは変ニ長調になる。- Nazareth, Polka ナザレ、ポルカ
楽譜には「愛しい妻Theodora Meirelles de Nazarethへ捧げる」と記されている。ヘ長調、A-B-A-C-A-B-A形式。冒頭は2小節毎に旋律が掛け合いのように左手〜右手と交互に奏されるのが戯けている。Bはハ長調、Cは変ロ長調になる。1889
- Atrevidínha, Polka アトレヴィジーニャ(大胆な子)、ポルカ
ニ長調、A-B-A-C-A-B-A形式。16分音符混じりの旋律が軽快な曲。この曲もポルカというよりはタンゴ・ブラジレイロだ。Bはイ長調、Cはト長調になる。- Chile-Brasil, Quadrilha チリーブラジル、クァドリーリャ
Le Pantalonはト長調〜L'étéはニ長調〜La Pouleはト長調〜La Trénis(A-B-B'-A形式)はニ長調〜Finaleはイ長調で、ほぼクァドリーリャの形式に沿って作られている。- Eulina, Polka エウリーナ、ポルカ
ナザレの長女Eulina (1887-1971) に捧げられた曲。ニ長調、A-B-A-C-A-B-Aの形式。生まれたばかりの幼い娘への愛情が漂うような、ほのぼのとした曲。Bはロ短調。Cはト長調で、オクターブの旋律が華やか。因みに、Eulinaは大人に成って幼児音楽教育者として活躍したとのこと。1892
- Rayon d'or, Polka-tango レイオン・ドール(黄金の光)、ポルカータンゴ
ヘ長調。副題にPolka-tangoとあり、ナザレの作品の中でこの曲で初めて "Tango" という言葉が現れたと思われる。一見ポルカ調ながらシンコペーションが効いている。冒頭Aでは右手シンコペーションのリズムの下で左手に旋律が現れ、この独特の雰囲気は後のナザレの作品でも度々見られるパターンだ。Bはハ長調で、両手とも跳ねるようなスタッカートだ。Cは変ロ長調になり、急に華やかになったように右手旋律がアルペジオが上へ下へと舞う。1893
- Brejeiro, Tango ブレジェイロ(ろくでなし)、タンゴ
ナザレの作品で "Tango" と副題がついた2番目の曲で、この後 "Tango"、"Tango brasileiro" といったナザレを特徴付ける一連の名曲の始まりの作品とも言える初期の傑作。この曲によってナザレは一躍有名になったと言える人気曲で、また後には(1903年頃)詩人で歌手でもあったCatullo da Paixão Cearenseにより歌詞がつけられ、"O sertanejo enamorado" という題名の歌で更に有名になった。また、当時のパリ共和制警備軍軍楽隊のレパートリーにもなったとの文献があるが、これについては真偽は不明である。イ長調、A-A'-B-A-A'形式。南国的な明るいイイ雰囲気の曲で、ふわっとしたAの旋律といい、華やかなホ長調のBの雰囲気といい、ナザレの天性の才能が溢れ出るような名曲だ。テンポは決して急がず、思いきり気取って弾きたい。- Brejeira, Valsa brasileira extraída do tango Brejeiro pelo próprio autor ブレジェイラ(ろくでなし)、タンゴ・ブレジェイロの作曲家自身によって模されたワルツ・ブラジレイラ
上記のBrejeiroが大ヒットしたのに気をよくして作ったのか、同じ旋律からなる姉妹作というか冗談作品みたいな曲。原曲の "Brejeiro" を女性形の "Brejeira" にしたので、意味は「ろくでなしの女」なのかな?。ニ長調。Aの部分はワルツの伴奏にのって、Brejeiroの旋律が高音部アルペジオの和音で優雅に奏され女性的。ト長調のBは原曲のBrejeiroにはない部分で、舞踏会風の雰囲気。CはBrejeiroの中間部の旋律がト長調で奏される。- Cuyubinha (Cuiubinha), Polka-lundú クユビーニャ、ポルカ・ルンドゥー
クユビーニャとは小型のインコのこと。ト長調、A-B-A-C-A-B-A形式。装飾音混じりの旋律は小鳥のさえずりを描いているのだろう。Bはホ短調、Cはハ長調になる。後にこの曲はMarina Stella Quirino dos Santosによる歌詞が付けられて、"A voz do amor" という歌になっている。- Julita, Valsa ジュリタ、ワルツ
ジュリタとは女性の名前。イ長調A-B-A-C-A-B-A形式。単純ながらのびやかな旋律のワルツ。Bはホ長調で旋律が高音部になり、華やかに踊る様子を描いたよう。Cはニ長調になる。1894
- Marietta, Polka マリエッタ、ポルカ
娘のMaria de Lourdes (1892-1917) に捧げられた曲で、"Marietta" は彼女の愛称である。イ長調、A-B-A-C-A-B-A形式。よちよち歩きの愛娘に目を細める父親ナザレの姿が浮かぶような曲。冒頭のAは16分音符連打の愛嬌ある旋律が現れる。Bはロ短調~ニ長調、Cはニ長調で半音階で旋律が徐々に上がるのはナザレお得意のパターン。1895
- Caçadora, Polka カサドーラ(狩猟家)、ポルカ
イ長調、A-B-A-C-A-B-A形式。陽気な雰囲気の曲。Bは嬰ヘ短調、Cはニ長調になる。- Crê e espera, Valsa クレ・エ・エスペラ(信じて待って)、ワルツ
ニ短調。冒頭は両手ともオクターブで情熱的に歌い上げる。Bはヘ長調になる。Cの部分は変ロ長調で夢見るような雰囲気。- Favorito, Tango ファヴォリート(お気に入り)、タンゴ
娘のMaria de Lourdesに捧げられた。1912年にナザレはこの曲の演奏をCasa Edisonに録音している。また後に作詞者不明の歌詞がつけられた。イ長調、A-B-A-C-A-B-A形式。同じ旋律が一音ずつ上昇していく単純な仕掛けの曲だが、それがわくわくしてくような雰囲気を醸し出している。Bは嬰ヘ短調、Cはニ長調になる。- Helena, Valsa エレナ、ワルツ
エレナとは女性の名前。変ニ長調。優雅なワルツがずっと流れ、舞踏会にぴったり。Bは変イ長調、Cは嬰ヘ長調になる。- Julieta, Valsa ジュリエッタ、ワルツ
楽譜には、D. Julieta A. Carneiro da Cunhaという女性に献呈すると記されている。イ長調、A-B-C-D-A形式。明るく朗らかな女性を連想させるようなワルツで、聴いていて心が和みます。Bはホ長調、Dはニ長調になる。- Myosotis (Miosotis), Tango ミオゾティス(忘れな草)、タンゴ
楽譜には「高貴なクラブ・ミオゾティスへ」と記されていて、当時、ミオゾティス(忘れな草)という名称の文芸愛好家クラブがあったらしい。変ロ長調、A-B-A-C-A-B-A形式。Aは左手に訳ありな雰囲気の旋律が奏される。BやCの部分は右手の旋律がずっとオクターブで華やか。Cは変ホ長調になる。- Nenê, Tango ネーネ、タンゴ
Nenêとは「赤ん坊」という意味だが、この頃すでに若くして亡くなっていたナザレの妹のMaria Calorina de Silva Nazareth (1866-1881) の愛称だったとのこと。この曲も後にCatullo da Paixão Cearenseにより"Sertaneja"という題名で歌詞がつけられた。ニ長調、A-B-B-C-B-A-D-A形式。無邪気な楽しい雰囲気な中に、一抹の寂しさを感じさせるのは、亡くなった妹を偲ぶ気持ちなのかな?。AとDの左手伴奏のブンチャブでは、ブンの方にベース音+和音がのるナザレ独特の音型で(下記の楽譜)、「赤ん坊」がよちよち歩くような感じで何とも面白い。Dの部分はナポリの六度が使われていて、これも後のナザレの作品で多用されるパターンだ。
Nenê, Tango、1-4小節、25 Tangos brasileiros (Choros) e 26 Obras para piano, Fermata do Brasilより引用- Ramirinho, Tango ラミリーニョ、タンゴ
ナザレの友人の息子のRamiro(たぶん少年)に献呈されたので、示小辞のRamirinhoという題名になったのだろう。イ長調。ナザレの作品にしては珍しくA-B-C-D-C-A'-コーダの形式。Aの伴奏音型は、1895年作曲の "Nenê" などでも用いられた、愛嬌たっぷりのナザレお得意のパターン。Cはニ長調。Dはト長調で、高音部重音の旋律はピアノ鍵盤の一番高いラの音まで使われる。- Segredo, Tango セグレード(秘密)、タンゴ
当時まだ7歳の息子Diniz (1888-1983) に献呈された。ト長調。最初の4小節は旋律が中声部に隠れ、その次の4小節は高音オクターブの派手な旋律の繰り返しだ。Bはニ長調、Cはハ長調になる。1896
- Espanholita (Hespañolita), Valsa espanhola エスパニョリータ(スペインの娘)、スペイン風ワルツ
変ニ長調。スペイン風の陽気な曲で、時に3連符が混じる感じはワルツというよりホタのリズムともとれる。Bは変イ長調で、高音部を舞うような旋律が艶やか。Cは嬰ヘ長調で、流れるような旋律が艶やかな雰囲気。- Pipoca, Polka ピポーカ(ポップコーン)、ポルカ
"Pipoca" とはポップコーンという意味の他に、イボ(疣)という意味もあり、この曲を献呈したナザレの友人のFrancisco Nunes Pintoの妻の顔に出来たイボに印象を受けて作曲したとする資料がある。変ロ長調。右手・左手交互に現れる、跳ねるようなオクターブが華やかな響きの曲。Bはト短調、Cは変ホ長調になる。- Remando, Tango ヘマンド(漕ぎ抜ける)、タンゴ
イ長調。Remandoはポルトガル語の動詞 "remar"(漕ぐ)の現在分詞だが、「どう、調子は?」という問いに対する返事の常套句で、「まあ、何とかやってるよ」位の意味なのだろう。日常の他愛のない会話を描いたような曲で、左手に音階を上がるような旋律で始まる。Bは嬰ヘ短調、Cはニ長調になる。1897
- Feitiço, Tango フェイティース(魔力)、タンゴ
変ニ長調、A-B-C-D-A形式。オクターブで奏される旋律が気取った雰囲気の曲。CとDは変ト長調になり、楽譜に "Bem jocoso" と記されている通り、戯けた雰囲気。- Orminda, Valsa オルミンダ、ワルツ
オルミンダとは女性の名前だが、ナザレと知り合いの女性だったかなどは不明である。変イ長調、A-B-A-C-A-B-A形式。高音部で旋律がしっとりと奏され、気品ある女性を描いたような落ち着いた雰囲気のワルツだ。Bはヘ短調、Cは変ニ長調になる。1898
- Adieu, Romance sem palavras アディウ(別れ)、無言歌
変イ長調、前奏-A-B-C-前奏-A形式。前奏はハープのような高音アルペジオ。続くAのゆったりとした旋律はオクターブ和音がきらびやかに奏される。Cは変ニ長調になる。- Está chumbado, Tango エスタ・シュンバード(酔っぱらって)、タンゴ
現在流布しているFermata do Brasil社の楽譜には "A gentil Francisca Gonzaga" と記されており、先輩作曲家シキーニャ・ゴンザーガに献呈されたことになるが、初版譜にはその記載が無いことなどから、ナザレの没後に出版社が勝手に付けたものと思われる。変ニ長調。左手の伴奏は酔っぱらってフラフラ歩いてる人を描写しているよう。Bは変ロ短調、Cは変ト長調になる。- Furinga, Tango フリンガ、タンゴ
"Furinga" とは、おそらくナザレの知人の誰かのあだ名と思われる。ニ短調、A-B-A-C-A-B-A形式。左手のベースの伴奏音型は "Perigoso" などでも現れるナザレお得意の型で、ちょっと危険な雰囲気が漂う。Bはヘ長調になり、一転して軽やかな曲調。Cは変ロ長調で、両手共オクターブで華やかな響きだ。- Gentil, Schottisch ジェンチル(高貴な)、ショッティッシュ
「ブラジルの青年女性達に献呈」と記されている。ホ長調。付点リズムが元気な曲。Bはロ長調で優雅になる。Cはイ長調になる。1899
- Bicyclette-Club, Tango ビシクレーテ・クルブ(自転車クラブ)、タンゴ
"Bicyclette-Club" というサークルに献呈されている。そういう自転車愛好家の団体があったのだろう。二長調、A-B-A-C-A-B-A形式。浮き浮きするような曲。Bはロ短調でシンコペーションが無いのでポルカ風。Cはト長調で、右手旋律の16分音符の動きは宛ら自転車をキコキコこいでいるような響きだ(下記の楽譜)。この曲は後に詩人のCatullo da Paixão Cearenseにより "Teu rosto" という題名で歌詞が付けられた。
Bicyclette Club, Tango、47-56小節、E. Bevilacqua & Cia.より引用- Bombom, Polka ボンボン、ポルカ
Bombomとは、ウイスキーなどを入れて砂糖やチョコレートでくるんだ甘いお菓子のことを指しているのかな。また、この曲が献呈されたMaria Leonor Amado da Fonsecaという女性のあだ名がボンボンだったらしい。ハ長調、A-B-A-C-A-B-A形式。うきうきとした曲で、リズムはポルカというよりタンゴ・ブラジレイロである。Cはヘ長調になる。- Cacique, Tango カシーキ(酋長)、タンゴ
イ長調、A-B-A-C-A-B-A形式。冒頭の両手和音のシンコペーションは野性的な感じ。Bは嬰ヘ短調〜ニ長調、Cはニ長調でポルカ風。- Corbeille de fleurs, Gavotte コルベーユ・デ・フル(花篭)、ガボット
ナザレの作品には珍しく題名がフランス語である。またナザレ唯一のガボットである。イ長調、A-B-A-C-A-B-A形式。高音で奏される3連符の旋律が何とも可憐な響きだ。Bはイ短調、Cはニ長調で旋律の3連符がスタッカートで戯けた感じ。- Íris, Valsa イリス、ワルツ
イリスとは女性の名前。ホ短調、前奏-A-B-A-C-前奏-A-B-A形式。前奏に続いて現れるワルツは、右手旋律が和音連打だったりと、ナザレのワルツとしては情熱的。BとCはト長調で優雅に。- Quebradinha, Polka ケブラジーニャ(元気なく)、ポルカ
ナザレの息子のErnestinho (1896-1962) に献呈された。ト短調、A-B-A-C-A-B-A形式。全曲に亘って、泣けてくるような寂しい高音の旋律が奏される。Bは変ロ長調。Cはト長調になり、少し希望を持たせるが、Aの寂しい旋律に戻るのが何とも切ない。- Turuna, Grande tango característico トゥルナ(力強い黒人)、性格的なタンゴの大曲
Turunaとは「勇敢な」「強い」という意味に加えて「力強い黒人」とか「命知らずの」いう意味もある。変ロ短調、A-B-A-C-間奏-A-B-A形式。曲は両手オクターブの音階が反行形で行ったり来たりで始まり、題名通りの力強い響きだ。音域も最低変ロ音から、最高ヘ音までたっぷり使っていて、ナザレの作品の中でもピアニスティックな曲。Cの部分だけは嬰ヘ長調で少し息が抜ける。- Zica, Valsa ズィッカ(やせっぽち)、ワルツ
ニ長調、A-B-A-C-A-B-A形式。アルペジオ混じりの旋律が優雅で華やか。Cは変ロ長調になる。- Zizinha, Polka ジジーニャ、ポルカ
ト長調。女弟子のCarlota Celeste Ripper(Zizinhaの愛称であった)に献呈された。「ジジーニャ (Zizinha)」にはセミがジージー鳴くという意味もあるらしく、Aの旋律はトリルだらけでセミの鳴き声のよう。Bはホ短調、Cはハ長調でナザレらしいシンコペーションの効いたリズムになる。1900
- Arrufos, Schottisch アフフォス(不機嫌)、ショッティッシュ
現在流布しているFermata do Brasil社の楽譜では、「ショーロの父」と称された作曲家・フルート奏者のジョアキン・カラード (1848-1880) に献呈されたことになるが、初版譜にはその記載が無いことなどから、ナザレの没後に出版社が勝手に付けたものと思われる。ト長調、A-B-A-C-A-B-A形式。右手の旋律はずっとオクターブで大袈裟な雰囲気の曲。Bはホ短調、Cはハ長調になる。- Digo, Tango característico ディーゴ、性格的なタンゴ
Constança Teixeiraという女優に献呈された。"Digo" というのは彼女の愛称とのこと。変ニ長調、A-B-A-C-A'-D-A-B-A-C-A'というナザレにしては長い形式。わくわくしてくるような楽しい曲。冒頭Aの左手ベースのリズムに組み込まれた、和音的には不協和音であるド音が絶妙の効果で、徐々に高音部に移っていく右手旋律と相俟って何ともスリリングな響きだ(下記の楽譜)。Bの部分は右手オクターブの旋律が華やか。Cはホ長調、Dは嬰ヘ長調に飛ぶのも特徴的。
Digo, Tango característico、1-8小節、25 Tangos brasileiros (Choros) e 26 Obras para piano, Fermata do Brasilより引用- Dora, Valsa ドーラ、ワルツ
"Dora" という題名はナザレが1886年に結婚した妻Teodoraの短縮型。約220曲の作品を作ったナザレだが、妻に献呈されたことが分かっているのは上記の "Nazareth" (1888) とこの作品の二曲である。変ニ長調。冒頭は流れるようなオクターブの旋律が中声部に奏され、幸せそうな雰囲気。Bの部分は変イ長調でやや華やかに。Cは変ト長調になる。ナザレの作品にしては珍しく24小節の後奏があり、最後は速いアルペジオも現れピアニスティック。- Elite Club, Valsa brilhante エリーチ・クルブ(エリート・クラブ)、華やかなワルツ
「エリート・クラブ」という組織に献呈された。ホ長調。落ち着いた前奏に続いて、上品なワルツが奏される。Bは嬰ハ短調、Cはイ長調になる。- Genial, Valsa ジェニアウ(優れた)、ワルツ
変ホ長調。右手の旋律はほぼ全曲オクターブで奏される艶やかな、優雅なワルツ。Bは変ロ長調で、左手のベースが半音階で下行して対旋律を成している。Cは変イ長調になる。なお、1900年初版のArthur Napoleão & Cia社版の楽譜と、現在流布している1968年出版のEditora Arthur Napoleão社(現Fermata do Brasil社)版(Maestro Gaóの校訂・運指・ペダルと記されている)とでは異なる箇所が多い。- Julieta, Quadrilha ジュリエッタ、クァドリーリャ
クァドリーリャとは五つの部分から成る踊り。ナザレのこの曲は、Le Pantalonはイ長調〜L'étéは嬰ヘ短調〜La Pouleはニ長調〜La Trénis(A-B-B-A形式)はト長調〜Finaleはニ長調。- Onze de Maio, Quadrilha オンゼ・ジ・マイオ(5月11日)、クァドリーリャ
ナザレのこの曲は、Le Pantalonは変ホ長調〜L'étéは変イ長調〜La Pouleは変ニ長調〜La Trénis(A-B-B-A形式)はイ短調〜Finaleは変ホ長調で、ほぼクァドリーリャの形式に沿って作られている。- Vésper, Valsa ヴェスペル(金星)、ワルツ
変ニ長調。舞踏会にぴったりの明るいワルツ。Aの部分はお洒落に、Bは変イ長調で旋律は高音オクターブで奏され華やかに、Cは変ト長調になり優雅に奏される。1901
- Batuque, Tango característico バトゥーキ、性格的なタンゴ
バトゥーキとはアフリカ由来の踊りや音楽の一つで、伝統的には歌と打楽器による音楽にのって集団で踊られる。ブラジルの有名な作曲家エンリキ・オスワルド (1852-1931) に献呈された。1913年にエンリキ・オスワルドはシネマ・オデオンを訪れた際に、ちょうどこの時ナザレが弾いた、まだ出版されてなかったこの "Batuque" を聴き、自分に献呈してくれるよう頼んだとのこと。イ長調。16小節の前奏に引き続き、A-B-A-C-D-D'-C-A-B-コーダというナザレの作品にしては珍しく大掛かりな構成で、先輩作曲家に捧げるに相応しいしっかりとした傑作だ。曲全体が躍動感に溢れ、騒がしくなったり静まったりをうねるように進行しながらも全体的にはじわじわと盛り上がって行く緊張感が何とも心地よい。Cはニ長調になる。私個人的にはナザレの作品の中で最も好きな一曲で、聴きたくなる以上に弾きたくなる曲です!。- Encantada, Schottisch エンカンターダ(素晴しい)、ショッティッシュ
変イ長調。ナザレの作曲するショッティッシュは右手旋律がオクターブでちょっと騒々しい響き。Bは変ホ長調、Cは変ニ長調になる。- Henriette, Valsa エンリエッチ、ワルツ
エンリエッチとは女性の名前。変ホ長調。のびやかな旋律の落ち着いたワルツ。Bはハ短調、Cは変イ長調になる。- Laço azul, Valsa ラース・アズー(青いリボン)、ワルツ
変ニ長調。艶やかな旋律が優雅なゆったりとした曲。Bは変イ長調、Cは変ト長調になる。1902
- Victorioso (Vitorioso), Tango ヴィトリオーズ(勝利)、タンゴ
変ホ長調、A-B-A-C-A-B-A形式。Aの部分は落ち着き払った感じ。ハ短調のBは左手オクターブが力強く、変イ長調のCは楽譜に "Duvidoso" と記され怪し気な雰囲気を醸し出す。1903
- Coração que sente, Valsa コラソン・キ・センチ(感じる心)、ワルツ
ナザレの教え子である女性のGabriella Cruzに献呈された(ナザレは、Gabriella Cruzの優しい「感じる心」に感銘してこの曲を作ったらしい)。変ホ長調。長調ながらも哀愁漂うしっとりとした曲。Bは変ロ長調に、Cは変イ長調になり楽しかった昔を回想しているかのような雰囲気だ。- Expansiva, Valsa エスパンシーヴァ(気さくに)、ワルツ
変ニ長調。落ち着いた上品なワルツ。Bは変イ長調。Cは変ト長調で、右手の8分音符分散和音がふわ~っと拡がる。この音の拡がり(=expande)のイメージからExpansivaという題名がついたという説もある。- Pyrilampo, Tango brasileiro ピリランプ(ホタル)、タンゴ・ブラジレイロ
ニ長調。「ホタル」という名の電球製造業者に献呈された。Aは陽気な曲調で、4小節毎にテヌートが入るのが特徴的。Bはロ短調で、急に哀愁漂う旋律になる。Cはト長調で、ナザレらしい上行する旋律がうきうきしてくる。- Thierry, Tango ティエリー、タンゴ
Thierryとは人名で、Henriette Thierryという女性に献呈された。ハ長調。楽譜の冒頭に "Bem Jocoso(十分に滑稽に)" と記されている通り、楽しく戯けた雰囲気の曲。Cはヘ長調になり、オクターブの旋律が華やか。1904
- Escovado, Tango エスコヴァード(叱られて)、タンゴ
イ長調。楽譜の冒頭にgraciosoと記されている通りゆったりと優しく奏される曲。Bは嬰ヘ短調、Cはニ長調になる。後にフランスの作曲家ダリウス・ミヨーが1919年に作曲した "Le Boeuf sur le Toit(屋根の上の牛)" の中でEscovadoの旋律が用いられている。- Soberano, Tango ソベラーノ(堂々と)、タンゴ
イ長調。ナザレのピアノ曲の中でも跳躍音や16分音符オクターブなどが多く使われており、技巧的で難しい作品。Aの音型は "Fon-fon" や "Nenê" といった曲で現れるナザレお得意の音型のリズムだが、右手・左手共に音が最大2オクターブ跳躍する。Bは嬰ヘ短調で、旋律は16分音符でオクターブを駆け降りる。Cはニ長調でポルカのリズム。右手旋律、左手ベース音ともにこれまたオクターブで華やかな響きだ。1905
- Cardosina, Valsa カルドシーナ、ワルツ
ナザレの友人で薬剤師のAlmeida Cardosoに献呈。変ロ長調、A-B-A-C-A-B-A形式。Aでしばしば現れるプラルトリラーが優雅な雰囲気を醸し出している。Bはト短調、Cは変ホ長調になる。- Ferramenta, Tango-fado português フェハメンタ(鉄人)、タンゴーポルトガルのファド
ポルトガルの気球操縦士のAntónio da Costa Bernardesに献呈された。António da Costa Bernardesは当時 "Ferramenta" の愛称で有名で、1905年5月にはリオデジャネイロ上空で気球 "Nacional" 号を飛ばしたとのこと。ナザレも彼の気球飛行を見たのであろうか。変イ長調、前奏-A-Bを繰り返す形式。前奏は楽譜に "Gingando(身体を揺すって)" と記されている通りシンコペーションが浮き浮きする感じ。Aは高音部にプラルトリラー混じりの陽気な旋律が奏される。Bはヘ短調になり、オクターブの旋律が力強い。この曲の旋律も後に、ダリウス・ミヨー作曲の "Le Boeuf sur le Toit" の中で用いられた。- Ideal, Tango イデアウ(理想)、タンゴ
初版譜には「イデアウ・コーヒー (Café IDEAL) の購入者達に捧げる」とあり、この頃リオデジャネイロにあったコーヒー店 "Café Ideal" の宣伝にも一役買っているような曲と言えよう。(当時、消費者はコーヒーを生の豆で買って自宅で焙煎して挽くのが一般的だったが、"Café Ideal" は初めて焙煎・粉砕済みの粉を販売して人気のコーヒー販売店だったらしい。)ヘ長調、A-B-A-C-A-B-A形式。ゆったりとしたシンコペーションの伴奏にのって、高音部に優美な旋律が奏される。Bはニ短調、Cは変ロ長調になる。-1906
- A florista, Cançoneta ア・フロリスタ(花屋)、カンツォネッタ
Francisco Tellesによる歌詞の付いた歌曲。ナザレの娘Maria de Lourdesに献呈されていて、彼女がコンサートで歌ったとする1906年の記録がある。変ホ長調。歌詞は三番まであり、「私は優雅なお花屋さん・・・」と歌われる。落ち着いた曲。-1907
- Poloneza ポロネーザ(ポロネーズ)
ショパンが大好きだったナザレのこと、多分この作品はショパンの「英雄ポロネーズ」みたいな曲を書きたいと思って作ったのだろう。1907年にナザレ自身によってこの曲が演奏されたとする記録があるが、生前には楽譜は出版されなかった。ニ長調、前奏-A-B-C-A-D-E-E-D-A-B-C-A'-コーダの形式。勇壮な伴奏にのってオクターブの旋律が堂々と奏される。ナザレにしては長い作品で、いくつもの主題が登場するのだが、ちょっとどれも似ていて冗長な気がする。Dはト長調で、静かなアルペジオにのって流れるような旋律が現れる。Eはホ長調になる。1907
- Bambino, Tango バンビーノ(赤ん坊)、タンゴ
Bambinoとは「赤ん坊」という意味だが、当時有名だった風刺画家で、ナザレの楽譜の表紙絵のいくつかを書いているArthur Lucasのペンネーム "Bambino" からとったとのこと。後にCatullo da Paixão Cearenseにより "Você não me dá!..." という題名で歌詞がつけられた。またLuciano Galletにより室内オーケストラ用に編曲された。変イ長調、A-B-C-A形式。テンポはゆったりながら、両手がシンコペーションを刻むが気取った雰囲気。Bは右手旋律がオクターブ、左手伴奏和音は十度重音が多用され華やか。Cは変ニ長調で、旋律はシンコペーションのリズムにのって音階をゆっくり上がったり下がったりするだけなのだが、それが何とも浮き浮きするような気分を醸し出していて、ナザレの天才さを感じる。Dengozo (Dengoso), Maxixe デンゴーゾ(気取った男)、マシーシ
「マシーシ(マシシェ)」とは19世紀ブラジルで流行した舞曲で、2拍子の速いテンポが特徴的。その起源はハッキリとはしていないが、ヨーロッパ由来のポルカに、アフリカからブラジルに連れて来られた黒人の踊りが混じったものらしい。ナザレが多数作曲したタンゴ(またはタンゴ・ブラジレイロ)は、そもそもこの「踊りの音楽」であったマシーシを「聴くための音楽」にしたという側面があるとも言える。最近までこの曲は1907年に初版された際にナザレが本名を出さず "Renaud" というペンネームを使って発表したとされていた。"Renaud" というペンネームはこの曲のみに用いあっれており、その理由は「ナザレ自身が踊りのBGMの印象が強いマシーシという言葉を自作に使うことを嫌ったため」とされていた。しかし近年のブラジルのAlexandre Dias氏による研究によると、この曲がナザレの作ではなく、ブラジルの作曲家João Francisco da Fonseca Costa(1880年代-1938、コスチーニャ Costinhaの愛称で知られる)の作曲であることが判明している。曲は変ロ長調、A-B-A-C-A-B-A形式。踊りたくなるような、お祭り騒ぎのような陽気な曲である。Aはの旋律はファ-ファ#-ソを行ったり来たりするのと、16分音符分散和音だけなのだが、それが何とも浮き浮きした音楽を放っている。Bはヘ長調、Cは変ホ長調になる。この曲は1914年に米国でエルネスト・ナザレ作曲と記されて何種類もの楽譜が出版され(中には "Parisian Maxixe" という副題が付いた楽譜まであり)、また1939年米国のミュージカル映画「カッスル夫妻 The Story of Vernon and Irene Castle」の中でも用いられた。更には米国で《ブギウギ・マシシェ Boogie Woogie Maxixe》という曲名でブギウギとなってヒットするし、1960年代にはパーシー・フェイス楽団もこの曲を演奏している。- Duvidoso, Tango ドゥビドーズ(疑わしい)、タンゴ
イ長調、A-B-A-C-A-B-A形式。Aの部分はBatuqueあたりの黒人の踊りを思わせ、途中のフェルマータが "Duvidoso" なのかな。Bは嬰ヘ短調になり、リストのハンガリー狂詩曲っぽい雰囲気。Cはニ長調になり、お馴染みのタンゴ・ブラジレイロが華やかに奏されるーと様々な曲想が混じった作品。- Vem cá, Branquinha, Tango ヴェム・カ・ブランキーニャ(おいで、白い子ちゃん)、タンゴ
1906年にリオのカーニバルでヒットしたサンバ "Vem cá, mulata(おいで、黒い子ちゃん)" に呼応してか、翌年ナザレはこの「白い子ちゃん」を作った。変ニ長調、A-B-A-C-A-B-A形式。全曲サンバのリズムにのったようなハイテンポのノリノリの曲で、Aの左手低音で始まるおどけた旋律や、変ロ短調のBの対称的に高音部から降り注ぐような旋律など、ナザレの作曲の筆に脂が乗り切った華やかな作品。Cは変ト長調になり、"Vem cá, mulata" の旋律が現れる。1908
- Floraux, Tango フロロー(花束)、タンゴ
自筆譜には "Cercle floraux" と題されている。"Cercle floraux" は当時のリオデジャネイロの社交界の令嬢たちによるサークルで、音楽会や詩の朗読会などの活動をしていたと。ロ短調、A-B-C-D-C-間奏-A形式。上品な深窓の令嬢達を思わせる、静々とした曲。Cはト長調、Dはハ長調になる。- Perigoso, Tango brasileiro ペリゴーゾ(危険な)、タンゴ・ブラジレイロ
Perigosoとは「危険な」という意味だが、当時ナザレが好きだったフルミネンセ・サッカー・クラブのとある選手の愛称だったとのこと。ホ短調。Aの部分の前打音混じりのスタッカートで奏される旋律や、左手の伴奏が何となく「悪の香り」を醸し出していて独特の雰囲気。Bはト長調で、対称的に優雅だ。Cもト長調になる。1909
- Chave de ouro, Tango シャーヴィ・ジ・オール(黄金の鍵)、タンゴ
シャーヴィ・ジ・オーロは直訳すれば「黄金の鍵」だが、「上々の仕上がり」を意味する諺である。変ト長調。右手オクターブの旋律がいかにも首尾良く事が済んだ時のような上機嫌な雰囲気だ。Bは変ニ長調。Cは変ハ長調で、これも浮き浮きした感じ。- Odeon, Tango オデオン、タンゴ
ナザレの作品の中でも有名な一曲。1909年にリオデジャネイロに映画館「シネマ・オデオン」が開館した。翌1910年頃からナザレはの「シネマ・オデオン」ロビーでピアノを弾いていて、「オデオン」とタイトルされたこの作品は経営者のZambelliに献呈された。嬰ハ短調。現在流布している楽譜はA-B-A-C-A形式のが多いが、ナザレの自筆譜およびE. Bevilacqua & Cia.社の初版譜はA-B-A-C-A-B-A形式である。冒頭は、付点リズムで音階を下降する左手の単純な旋律?に後打ちの和音を付けただけの単純なのに、これだけ魅力的なのはナザレの才能としか言いようがない。ホ長調のBやCの部分の華やかさは、着飾った人々で溢れる「シネマ・オデオン」のロビーの光景を彷佛させるよう。この曲は後に、Luciano Galletにより室内オーケストラ用に編曲された。-1910
1910年代
- Polca para mão esquerda ポルカ・パラ・マン・エスケルダ(左手のためのポルカ)
変ホ長調。楽譜を見ると確かに左手だけで弾くように書かれている曲で、ベースの音を前打音にして2~3オクターブ離れた旋律音までしょっちゅう飛ぶのはちょっと無理を感じる(ゆっくりと弾けばいいかもしれないが、それじゃポルカらしくなくなる)。アイデアだけで作っちゃった感じかな。Bはハ短調、Cは変イ長調。1911
- Noêmia, Valsa ノエミア、ワルツ
ノエミアとは女性の名前である。変ニ長調、A-B-C-C-B-A-D-A形式。Aの旋律は8分音符がアルペジオで2オクターブ半を下がったり上がったりして艶やか。Bは変イ長調で、プラルトリラー混じりの高音部の旋律がきらびやか。Cは変ニ長調、Dは変ト長調になる。- Turbilhão de beijos, Valsa lenta トゥルビリャン・ヂ・ベイジョス(情熱的な口づけ)、ゆっくりしたワルツ
変ロ長調、A-B-A-C-A-B-A形式。ゆったりと奏される半音階上行旋律が、題名通りの親密なカップルを思わせる甘い雰囲気。Bはト短調になり、アルペジオの旋律が上がったり下がったりで「恋の嵐」を描いているよう。Cは変ホ長調になり、夢見るような心地の雰囲気。この曲は1912年にLuciano Galletにより室内オーケストラ用に編曲された。1912
- Correcta (Correta), Polka コヘータ(完璧な)、ポルカ
変イ長調、A-B-A-C-A-B-A形式。冒頭は和音連打の旋律が賑やか。Bはヘ短調になり、一転して哀愁を帯びた雰囲気。Cは変ニ長調になり、高音部の旋律がきらびやか。- Cuéra, Polka-tango クエラ、ポルカータンゴ
Cuéraとは当時の言葉で「傑出した」「優れた」という意味とのこと。ニ長調、A-B-A-C-A-B-A形式。ポルカとタンゴ・ブラジレイロの中間みたいな曲。Aの16分音符トリルの旋律が楽しげだ。Bはロ短調で分散オクターブの旋律が華やか。Cはト長調になり、半音階を上行する旋律が浮き浮きしている。1913
- Ameno Resedá, Polka アメノ・ヘゼダ、ポルカ
Ameno Resedáとは「いい香りのモクセイソウ」という意味だが、リオデジャネイロに "Ameno Resedá" という名のカーニバルの団体があり、曲はこの団体に献呈された。ハ長調、A-B-A-C-A-B-A形式。全曲ト音記号で書かれている。楽譜には「伴奏はカヴァキーニョを模して」と記されており、左手伴奏の和音連打は正にカバキーニョの可愛らしい音色をうまく表現している。Bはイ短調になり、1912年作曲の "Cuera" のAの旋律を短調に変えた風で似ている。Cはヘ長調で一層高音部で奏される。- Atrevido, Tango アトゥレヴィード(大胆な)、タンゴ
ニ長調。和音連打がうきうきしてくるような曲。Bはロ短調、Cはト長調になる。- Carioca, Tango カリオカ、タンゴ
Cariocaとは「リオデジャネイロっ子」という意味。ナザレの息子Dinis de Nazarethの友人で俳優・歌手のOlympio Nogueiraに献呈された。嬰ト短調。「リオの哀愁」とでも副題を付けたくなるような切ない旋律がしっとりと奏される(下記の楽譜)。これはナザレの書いた旋律の中でも一番美しいんじゃないかと私個人的には思っています。
Carioca, Tango、1-8小節、25 Tangos brasileiros (Choros) e 26 Obras para piano, Fermata do Brasilより引用
ロ長調のBやホ長調のCの部分も、哀愁たっぷりの旋律が綿々と奏される。繰り返しが多く、演奏時間が6分以上でちょっと冗長なのが勿体ない気がする曲です。なおナザレの自筆譜と、初版のSampaio, Araújo & Cia.版や現在の出版譜ではベース音や伴奏音・対旋律があちこち異なっていて、それらの音が改変された経緯が不明である(下記の楽譜は上が自筆譜、下が出版譜で、右手73-76小節および左手75-76小節が両者では異なる)。この曲は "Escovado" や "Ferramenta" と共にダリウス・ミヨー作曲の "Le Boeuf sur le Toit" の中で用いられた。
Carioca, Tango、73-76小節、autógrafo, ブラジル国立図書館 Biblioteca Nacional do Brasil 所蔵より引用
Carioca, Tango、71-76小節、25 Tangos brasileiros (Choros) e 26 Obras para piano, Fermata do Brasilより引用- Confidências, Valsa コンフィデンシャス(打ち明け)、ワルツ
ナザレの数々のピアノ曲に歌詞をつけた詩人で歌手のCatullo da Paixão Cearenseに献呈された。ブラジルの有名な法律家のRuy Barbosa (1849-1923) がこの曲をとても気に入っていて、ナザレはBarbosaがシネマ・オデオンに来ると、その時弾いていた曲を直ぐ止めてConfidênciasを弾いたとのこと。イ短調。半音階混じりの旋律は何とも切なく、しっとりとした哀愁たっぷりのワルツ。Cはイ長調になり美しく、特に後半で右手旋律が高音アルペジオで変奏される所は星が瞬くよう。- Cutuba, Tango クトゥーバ(賢い)、タンゴ
ト長調、A-B-A-C-A-B-A形式。冒頭は2小節おきに中音部と高音部に音が移る掛け合いのよう。半音ずつ和音がどんどん上がる所など面白い響きだ。Bはホ短調、Cはハ長調になる。- Electrica (Elétrica), Valsa rápida エレトゥリカ(電気のように)、速いワルツ
変ホ長調、A-B-C-A形式。明るく華やかな曲。Aの旋律の短二度重音がビリッと電気が走るような、Bでしばしば現れる旋律のトリルが電気なのか、はたまた速いテンポでどんどん曲が進むのが電気的なのかな。Cは変イ長調になる。- Eponina, Valsa エポニーナ、ワルツ
Eponinaとはナザレの弟子の友人の女性Eponina Guimarães de Menezes (1885?-1960) のことで、ナザレはEponinaに秘かに思いを寄せていたらしいが、彼女は1911年に他の男性と結婚している。変イ長調、A-B-A-C-A-B-A形式。控えめな表現ながら、ひたすら甘~い曲で、その中にも一抹の寂しさを感じさせる所がナザレのプラトニックラブみたいな感じなのかな?。Bは変ホ長調。Cは変ニ長調で、両手のアルペジオが艶やか。- Espalhafatoso, Tango エスパリャファトーズ(大騒ぎ)、タンゴ
ハ長調、A-B-A-C-A-B-A形式。両手に掛け合いのように現れる和音強打が題名通りの騒がしい雰囲気を出している。但し、ナザレ自身は曲名とは裏腹に、この曲を「大騒ぎ」せず弾いたらしい。Bはイ短調。Cはヘ長調になり、2小節おきに重々しい和音強打と軽い曲想が交互に現れ愉快(下記の楽譜)。
Espalhafatoso, Tango、49-56小節、25 Tangos brasileiros (Choros) e 26 Obras para piano, Fermata do Brasilより引用- Fon-Fon!, Tango フォン・フォン!、タンゴ
1907年から1958年まで続いたリオデジャネイロの週刊誌 "Fon-Fon" に因んで作曲された。ナザレの代表作の一つで、自動車が走り回るリオデジャネイロの街角を描写したようなスピード感あふれる楽しい曲。変ロ長調、A-B-A'-C-A-B-A'形式。Aの部分はアップテンポの前のめりになったシンコペーションが小気味良く、Bはト短調になり、"Fon-Fon" という自動車のクラクションを模した音が右手に聴かれる。Cは変ホ長調になり、4オクターブを下へ上へと駆け抜ける16分音符が華やか。この曲は後に、Luciano Galletにより室内オーケストラ用に編曲された。- Reboliço, Tango ヘボリース(ころがって)、タンゴ
イ短調。スタッカート混じりの旋律とシンコペーションの伴奏が、気取った踊りを連想する曲。Bはイ長調、Cはハ長調になる。- Saudade, Valsa サウダージ、ワルツ
ト長調、A-B-A-C-A-B-A形式。リオデジャネイロの昼下がりの浜辺で、家族が和やかに談笑している光景が思い浮かんでくるような(私の勝手な想像です)のどかなワルツで、聴いているととても幸せな気分になります。私のお気に入りの一曲です。Bはニ長調、Cはハ長調で跳ねるような前打音付きの旋律が優雅だ。- Talisman (Talismã), Tango タリスマン(魔除け)、タンゴ
変ニ長調。右手の旋律は和音を伴ったり、オクターブになったり、左手の伴奏はアルペジオにもなったりと響きの豊かな曲。Bは変ロ短調、Cは変ト長調になる。- Tenebroso, Tango テネブローズ(暗闇)、タンゴ
ギタリスト・作曲家でナザレの友人であったSatyro Bilhar (1860-1926)に献呈された。A-B-A-C-A-B-A形式。曲はニ長調だが、冒頭の左手のくねくねした半音階混じりの陰鬱な旋律と不安定な和声はナザレの作品の中でも一風変わっている(下記の楽譜)。この旋律はSatyro Bilharのギターの音色か、または彼の嗄れた声を模しているかとのこと。Bはロ短調で、BからAへ戻るツッコミも緊張感あっていい。Cはト長調になる。
Tenebroso, Tango、1-8小節、25 Tangos brasileiros (Choros) e 26 Obras para piano, Fermata do Brasilより引用- Travesso, Tango トラベッス(わんぱくな)、タンゴ
ナザレの末息子Ernestinhoに献呈された。ヘ短調、A-B-A-C-A-B-A形式。題名の割にはしみじみとした雰囲気の曲で、「わんぱくな」自分の子供に対する親の暖かい眼差しが漂ってくるよう。Bは変イ長調、Cはヘ長調になる。1914
- Alerta!, Polka アレルタ(警戒せよ!)、ポルカ
ナザレの自筆譜には "軍隊ポルカ (polka militar)" と副題が記されていて、友人のMario Novaes Guimarães大尉に捧げられている。変イ長調、A-B-A-C-A-B-A形式。Aの下降するアルペジオが華やかで、左手伴奏は勇ましいポルカである。Bは変ホ長調になり、Cは変ニ長調になり右手旋律が殆どオクターブでまた勇ましい。- Apanhei-te, cavaquinho, Polka アパニェイチ・カヴァキーニョ(頑張れ、カバキーニョ)、ポルカ
カバキーニョとはブラジルでサンバやショーロの演奏で用いられる小型の4弦ギターのこと。ト長調、A-B-A-C-A-B-A形式。カバキーニョのストロークを模した伴奏に、フルートを思わせる高音部の16分音符の旋律から成る。Ameno Resedá同様、全曲ト音記号で奏され、愛嬌のある作品だ。Bはホ短調、Cはハ長調になる。この曲は1948年のディズニーアニメ "Blame it on the samba" の中で用いられた。また現在までに5種類の歌詞が付けられている。この曲はとても軽快な曲なので、当時から猛スピードで腕自慢するように演奏するピアニストが多かったようである。しかしナザレ自身は、世間がこの曲を名人芸のごとく速く弾かれる風潮に眉を顰めていたらしく、ゆっくり弾かれるべきだと語っていたとのことである。(このHPの「Ernesto Nazarethのページ」のトップを御参照下さい。)それでもこの曲を速弾きするピアニストは後を絶たず(?)、ブラジルのテレビ局 "Rede Globo" は1970年代になんと「Apanhei-te, cavaquinho 速弾きコンテスト」を開催したらしい!。- Catrapuz, Tango カトラプス、タンゴ
「カトラプス」とは、馬のギャロップや、そのギャロップする音、または急に物が落ちる音を意味するらしい。イ長調、A-B-A-C-A-B-A形式。Aの部分は、楽譜の冒頭に "com impeto(猛然と)" と記されている通り右手旋律が16分音符オクターブで走り回りピアニスティックで華やか(但しこの16分音符オクターブを軽やかに速く弾くのは結構難しい)。Bは右手旋律16分音符が上へ下へと舞い、プラルトリラーが混じる旋律が優雅。Cはニ長調で、左手ベースのシンコペーションにアクセントが付いて強調されて弾かれる。- Fidalga, Valsa lenta フィダウガ(上品な)、ゆっくりしたワルツ
自筆譜では曲名は "Douleur suprême(無上の苦しみ)" と記され、それが横線で消されて "Fidalga" と書き換えられている。変ニ長調。ひっそりと、ゆったりと語りかけるようなワルツで、一抹の寂しさを感じさせる。Bは変ロ短調、Cは変ト長調になる。最後は余韻たっぷりで終る。- Mesquitinha, Tango característico メスキチーニャ、性格的なタンゴ
楽譜には「偉大なマエストロHenrique Alves de Mesquitaに献呈」と記されている。エンリキ・アルヴェス・ジ・メスキータ (Henrique Alves de Mesquita, 1830-1906) はブラジルの作曲家。ト長調、A-B-A-C-A-B-A形式。冒頭のニ長調にも聴こえる不安定な調性、Bの部分の左手〜右手の旋律の掛け合い、Cの16分音符スタッカートの戯けた旋律など、アイデア一杯の曲である。- Pierrot, Tango ピエロ、タンゴ
ト長調、A-B-A-C-A-B-A形式。三度重音で奏される旋律は半音階進行や3連符が混じってちょっと艶かしい雰囲気。Bはホ短調、Cはハ長調になる。- Sagaz, Tango brasileiro サガツ(賢い)、タンゴ・ブラジレイロ
ト長調、A-B-A-C-A-B-A形式。ほぼ同じ音型がずっと続く曲。Aの左手に現れる対旋律が戯けていて面白い。Bはホ短調、Cはハ長調になる。- Topázio líquido, Tango トパーズィウ・リキード(トパーズ色のカクテル)、タンゴ
変イ長調、A-B-A-C-A-B-A形式。躍動的な旋律とアルペジオの柔らかな伴奏が何ともマッチした、甘い響きを感じさせる曲。Bは嬰ト短調。Cは変ニ長調になり、旋律が右手から左手に移ったりと戯けた雰囲気。1915
- Divina, Valsa ジヴィーナ(小さな女神)、ワルツ
変ロ長調、A-A-B-A-C-D-D-A形式。ウインナーワルツさながらの華麗な曲。Bはヘ長調、Cは変ホ長調、Dは変イ長調と次々に明るい主題が現れる。- Ouro sobre azul, Tango オーロ・ソブレ・アズー(青の上の金)、タンゴ
1915年、リオデジャネイロで初演されたミュージカル "Ouro sobre azul" は大ヒットしていた。ナザレはこれにあやかり、同名のこの曲を作ったとのこと。「青の上の金」とはポルトガルの古い諺で、「全てがうまくいっている」という意味。変ホ長調、A-B-A-C-A-B-A形式。リオの浜辺の光景が思い浮かんでくるようなのどかなイイ雰囲気の素敵な曲。Bはハ短調で、両手和音連打が寄せては帰す波のよう。Cは変イ長調になる。1916
- Garôto, Tango ガロート(少年)、タンゴ
現在流布しているFermata do Brasil社の楽譜には "Ao distinto amigo Arthur Napoleão" と記されており、先輩作曲家アルトゥール・ナポレオンに献呈されたことになるが、初版譜にはその記載が無いことなどから、ナザレの没後に出版社が勝手に付けたものと思われる。ニ短調、A-B-A-C-A-B-A形式。「少年」を描いたにしてはとても寂しい曲。(Garôtoという語には浮浪児という意味もあるが。)Bはヘ長調になるが、やはりそこはかとない寂寥感が漂う。Cはニ長調になり、少し希望の光が射すよう。- Gotas de ouro, Valsa ゴータス・ヂ・オール(金のしずく)、ワルツ
変イ長調。可憐なワルツ。Bは変ホ長調になり、オクターブ和音の旋律が華やか。Cは変ニ長調になり、3連符混じりの旋律が優雅。- Podia ser peior, Tango ポジア・セール・ペイオール(最悪かも)、タンゴ
ホ長調、A-B-A-C-A-B-A形式。Aの旋律はアルペジオの旋律が上へ下へと華やか。Bは嬰ハ短調になり暗い響き。Cはイ長調になる。- Retumbante, Tango ヘトゥンバンチ(鳴り響いて)、タンゴ
ニ長調、A-B-C-D-C-A形式。ションコペーションが愉快な雰囲気の曲。Bはロ短調になる。Cはト長調になり、右手旋律が力強いオクターブのシンコペーションで上行するのが印象的。Dはハ長調になる。- Sarambeque, Tango サランベキ、タンゴ
サランベキとは黒人の踊りの一種。変イ長調。左手の太鼓を打つようなリズムにのって、右手16分音符連打の旋律が上がったり下がったりと、黒人が飛び跳ねるように踊っているみたいで楽しい(下記の楽譜)。ブラジルの音楽評論家Andrade Muricyはこの曲を「豪華なブラジル風トッカータ」と呼んでいる。また先輩作曲家のエンリキ・アウヴィス・ジ・メスキータが作曲したオペレッタ《裏返しの切り札 Trunfo às avessas》(1871) の〈ポルカ〉に音形が似ていて、影響を受けていそう。Bは変ホ長調で、右手16分音符連打が少し形を変えて続く。Cは変ニ長調で、16分音符旋律が上へ下へと軽快に舞う。
Sarambeque, Tango、1-9小節、25 Tangos brasileiros (Choros) e 26 Obras para piano, Fermata do Brasilより引用- Tupinambá (Tupynambá), Tango トゥピナンバ、タンゴ
Marcelo Tupynambá (1889-1953) はブラジルの作曲家。ハ長調、A-B-A-C-A-B-A形式。ゆったり暢気な雰囲気の曲。Bはイ短調、Cはヘ長調になる。1917
- Famoso, Tango ファモーズ(有名な)、タンゴ
イ長調、A-B-A-C-A-B-A形式。暢気な感じの曲。Bは嬰ヘ短調に、Cはニ長調になる。ちなみに、あの有名なピアニストのアルトゥール・ルービンシュタインがブラジルを訪れた時(おそらく1918年頃)、作曲家エンリキ・オスワルドのリオデジャネイロにある家で晩さん会が催された。ナザレもこの晩さん会に出席していて、"Famoso" を自演したとのこと。実はナザレはルービンシュタインのためにショパンの曲などを披露しようと演奏曲を書いたメモを上着のポケットに入れておいたのだが、そのメモをルービンシュタインに見られてしまった。メモを見たルービンシュタインはナザレにこう言ったとのこと。「これらの曲なら私だって弾きますよ。それより私が聴きたいのは“貴方の音楽”なんです。貴方が映画館で弾いている音楽をね!。」- Guerreiro, Tango ゲヘイル(戦士)、タンゴ
イ長調。冒頭は両手オクターブで力強い。Bは嬰ヘ短調で、楽譜に "ziguezagueando" と記されている通りに右手の旋律がジグザグに上下する。Cはニ長調で、"sapateado" と記され左手の付点音符が飛び跳ねるよう。いずれも戦闘光景を描写したのかな。- Labirinto, Tango ラビリント(迷路)、タンゴ
変ト長調。流れるようなアルペジオの伴奏にのって、シンコペーションの旋律が奏されるナザレお得意のパターン。この旋律は1915年作曲のPierrotに似ている。Bの部分は力強い。Cは変ハ長調で、エコーのような旋律とアルペジオの伴奏が華やか。- Matuto, Tango マトゥート(田舎者)、タンゴ
ナザレは、当時ブラジルのポピュラー音楽界で活躍していた作曲家Marcelo Tupinambá (1889-1953) に敬意を表して、Tupinambáのヒット曲 "O matuto" と同名の曲名を付けたらしい。イ長調、A-B-A-C-A-B-A形式。冒頭の左手伴奏は、"Brejeiro" などの曲でも見られるナザレお得意のパターンで陽気な雰囲気。Bは嬰ヘ短調。Cはニ長調で、オクターブの旋律が賑やかだ。この曲は後年、ショーロ演奏家で有名なピシンギーニャ(サックス)とベネジート・ラセルダ(フルート)がレパートリーにしている。- Menino de ouro, Tango メニーヌ・ジ・オール(溺愛された子)、タンゴ
当時の有名なサッカー選手José Carlos Guimarães (Zezé) に献呈されていて、初版のCasa Carlos Gomes社の楽譜の表紙にはサッカーボールと選手のイラストが描かれている。イ長調、A-B-C-A形式。陽気な曲。Cはニ長調になりわくわくするような雰囲気。- Mercêdes, Mazurka de expressão メルセデス、表情的なマズルカ
Mercêdesとは女性の名前で、ナザレの長女Eulinaの同僚であった教師のMaria Mercêdes Mendes Teixeiraを指している。Eulinaが父ナザレの自筆譜の中から見つけた、まだ曲名の付いていなかったこのマズルカをMercêdesに献呈してくれるよう父に頼んだところ、父は曲を献呈するよりも、曲名をMercêdesとすることにしたとのこと。Mercêdesはその後の1920年代に、ナザレが作曲したいくつかの校歌や賛歌の歌詞を作っている。変イ長調。ショパンが好きだったナザレらしい作品。装飾音やトリル混じりの旋律はショパンっぽいが、Cは変ニ長調になって南国的に明るく、やはりナザレの響きかな。- Nove de Julho, Tango argentino ノーヴィ・ヂ・ジューリョ(7月9日)、アルゼンチン・タンゴ
7月9日はアルゼンチンの独立記念日である。ナザレの友人でアルゼンチン出身の画家Gasper Coelho de Magalhães (1886-1947) にこの曲は捧げられた。ホ長調。「アルゼンチン・タンゴ」と題されているが、ゆったりとした曲調はむしろハバネラ(か、いつものタンゴ・ブラジレイロ)である。Bの部分は嬰ハ短調になり、切ない旋律が美しい。Cはイ長調になる。- Ranzinza, Tango ハンジンザ(強情な人)、タンゴ
ハ長調、A-B-C-A形式。前打音混じりの旋律が生き生きとした曲。Cはヘ長調になる。- Saudades dos pagos, Canção サウダージス・ドス・パゴス(故郷への郷愁)、カンサォン
作詞Maria Mercêdes Mendes Teixeiraによる歌曲。歌は「私の故郷を離れて、一人きりで、私の故郷を離れて、首都へ向かうために・・・」と続く。ヘ長調、前奏-A-B-B形式。なぜか最初の4小節だけがヘ短調だが、その後は落ち着いたのどかな歌が歌われる。1918
- Lamentos, Meditação sentimental ラメントス(哀歌)、感傷的な瞑想
ナザレ夫妻は二男二女の子供をもうけたが、その中でも1892年生まれの二女Maria de Lourdesはナザレにとって特に愛しい娘だったのだろう。ナザレはMaria de Lourdesの生前に彼女に3つのピアノ曲ー《Marietta》(1894年初版)、《Favorito》(1895年初版)、《A Florista》(1906年頃作曲)ーを献呈している。しかし、Maria de Lourdesは子供の頃より重い貧血を患っていて、1917年には医師の勧めによりナザレ一家はイパネマ海岸に面した場所に引っ越しした。しかしその甲斐もなく、彼女は同年12月1日に25歳の若さで亡くなった。"Lamentos" の楽譜には「忘れられない、私の愛しい娘のMaria de Lourdes Nazareth (Marietta) の思い出に」と記されている。イ短調。題名通りの哀愁たっぷりの旋律がしっとりと奏される。Bはハ長調。Cはヘ長調で、右手の旋律の和音が遷ろうのが我が娘との幸せだった頃をしみじみと回想するようで、それがまた涙を誘う。- Mágoas, Meditação マゴアス(悲しみ)、瞑想
嬰ト短調、A-B-C-B-A形式。感傷的な旋律が寂し気に奏される。Bはロ長調、Cはト長調になる。最後のコーダはロ短調で終るのが謎めいている。- Victoria (Vitória), Marcha aos aliados ヴィトーリア(勝利)、同盟国のための行進曲
José Moniz de Aragãoによる歌詞付きの歌。第一次世界大戦が勃発した当初、ブラジル政府は中立の立場であったが、結局1917年にドイツに宣戦布告している。連合国の勝利を讃えて作った歌なのだろう。変ホ長調、A-B-C-A形式。題名通りの威勢良いマーチ。1919
- Fraternidade, Hino infantil フラタニティ、子どもの歌
伴奏のない旋律と歌詞のみが残されており、未完成の曲と思われる。変ロ長調。勇ましい旋律の曲である。- Insuperável, Tango インスペラーヴェウ(無敵の)、タンゴ
イ長調、A-A'-B-A"-C-A-A'-B-A"形式。陽気で自信に満ちた曲。Bは嬰ヘ短調。Cはニ長調で、右手旋律が中音部や高音部に度々移動して賑やかな響きだ。- Succolento (Suculento), Samba brasileiro スクレント(水々しい)、ブラジルのサンバ
自筆譜の表紙には "Tango Carnavalesco para pianoe canto por Neptuno" (-の部分は取り消し線が引かれている)と記されていて、当初ナザレは "Neptuno" というペンネームでカーニバルのための歌を作詞作曲したと思われるが、初版のCasa Mozart社の楽譜では "Succolento" という曲名でピアノ独奏曲として出版された。変イ長調。冒頭はカーニバルの打楽器の響きを思わせる中音部の連打の和音の下で、低音部のおどけた旋律が奏され賑やか。ちなみに楽譜では低音部旋律を右手で弾く(則ち両手を交叉して弾く)ように指示されている。ヘ短調のBや、変ニ長調のCの部分も華やかで楽しい作品だ。- Sustenta... a nota..., Tango característico スステンタ・ア・ノータ(その音を伸ばして)、性格的なタンゴ
変ロ長調、A-B-C-B-A形式。付点8分音符+16分音符の音型が執拗に続く。Bは変ホ長調、Cは変イ長調になる。1920年代
- Andante expressivo アンダンテ・エスプレッシーヴォ
ヘ長調、A-B-B-C形式。ブンチャンチャンチャンという左手伴奏にのって、抒情的な旋律が奏される。スケッチで書いたような単純な曲。- Arreliado, Tango アヘリアード(喧嘩早い)、タンゴ
ホ短調。Aの旋律はアルペジオの音型の繰り返し。ト長調のBとホ長調のCは、右手16分音符の旋律が3オクターブを昇り降りして華やか。- De tarde, Canção ジ・タルジ(昼下がりの)、カンサォン
ト短調、A-B形式。Antonio Augusto de Limaの歌詞による歌曲。自筆譜ではBはピアノ伴奏がなく旋律のみが書かれており、未完成の作品である。ナザレにしては珍しいバラード風のしっとりとした曲。- Fado brasileiro (Mariazinha sentada na pedra!..., Samba carnavalesco) ファド・ブラジレイロ(石に座ったマリアちゃん!、カーニバルのサンバ)
ファドはポルトガルの民俗歌謡として有名だが、その起源はポルトガルのモーダが、植民地であるブラジルでアフロ・ブラジルの音楽と混ざり合ってモジーニャが生まれ、それがポルトガルに逆輸入されファドになったという説が多い。そのためブラジルではファド本家は自分達であると主張しているらしい。ファドが暗い曲ばかりということは決してないのだが、ナザレのこの曲は明るい曲で、リズムもいつものタンゴブラジレイロなんだけど‥‥。この曲は2種類の自筆譜が残されていて、一つは "Fado brasileiro" と曲名が記されたピアノ独奏譜。もう一つは後にナザレ自身により歌詞が付けられた "Mariazinha sentada na pedra!..." という曲名のピアノ伴奏付き歌曲である。曲はイ長調、三部形式。中間部はハ長調になり連打音の旋律はEscorregandoに似ている。- Hymno (Hino) da escola Bernardo de Vasconcellos ベルナルド・ジ・ヴァスコンセロス学校校歌
ベルナルド・ペレイラ・ジ・ヴァスコンセロス (Bernardo Pereira de Vasconcelos, 1795-1850) はブラジル帝国時代に法務大臣や商務大臣を務めた政治家で、彼の名前を冠した学校があったのだろう。自筆のピアノ譜が残されているのみで、歌詞は(存在したのかも含めて)不明である。ハ長調、A-A-B-B'-C-C'形式。校歌らしい堂々とした曲。- No jardim, Marcha infantil ノ・ジャルディム(お庭で)、子どもの行進曲
三部から成る曲で、1番〈道で A caminho〉はヘ長調のワルツ。2番〈地面を耕す Preparando a terra〉は変ホ長調のワルツで僅か8小節。3番〈種蒔き A semente〉は変イ長調で2/4拍子の快活な曲。自筆譜の3番の冒頭には「Zuleida Godinho先生の歌詞」と記載されているが、歌詞そのものは現存していない。- Nove de Maio, Fox-trot ノーヴィ・ヂ・マイオ(5月9日)、フォックス・トロット
作曲年も分からず、出版もされていない、自筆譜のみが残されているこの曲の曲名「5月9日」の由来はハッキリしていないが、ナザレの妻Theodora Amaliaの誕生日が5月9日であり、それと関係あるのかもしれない。ヘ長調、A-A'-B-B'-A-A'の形式。Aの右手のリズムがフォックス・トロットで、和音進行や音使いがナザレにしては、ちょっとあか抜けている洒落た曲。中間部のB-B'はハ長調になり、左手伴奏のアルペジオは "Fon-fon" などでも見られるナザレお得意のパターン。- Rio de Janeiro, Canção cívica リオ・デ・ジャネイロ、市民歌
Leôncio Corrrêa作詞による歌。作曲は1920年代と推定される。自筆譜は曲名が無く旋律のみを記した楽譜が残されているだけだが、1940年出版のヴィラ=ロボス編集による歌曲集「Canto Orfeônico」の第13番にアカペラ三部合唱・ハ長調で収載されており、また1963年にはJosé Vieira Brandão編曲によるアカペラ二部合唱・変ロ長調の楽譜が出版された。勇ましい歌。- Rosa Maria, Valsa lenta ホーザ・マリア、ゆっくりとしたワルツ
ニ長調、A-B-C-C'-A-B-C-C'形式。ホーザ・マリアという女性に献呈された。作詞者不明の歌詞が付いた歌曲で、「私の愛しい娘・・・」と落ち着いた雰囲気の旋律が歌われる。2種類の自筆譜(ピアノパートが旋律を伴った版と、旋律を伴わない版)がある。CとC'はト長調になる。- Segredos de infância, Valsa セグレードス・ジ・インファンシア(子供時代の秘密)、ワルツ
ヘ長調。いかにもワルツといったブンチャッチャッのリズムにのって優雅な旋律が奏される。Bはハ長調、Cは変ロ長調になる。- Tango-habanera タンゴーハバネラ
変ホ短調、A-A'-B-B'-A-A'形式。Aはハバネラのリズムにのって哀愁的な旋律が奏される。Bはいつものナザレのタンゴ・ブラジレイラのリズムで、変ホ長調になる。後にナザレはこの曲をハ短調に移調し、歌詞を付けて、1930年に "Crises em penca!..." という曲名で書き直した。1920
- Capricho, Fantasia カプリッチョ、幻想曲
ニ短調、前奏-A-B-C-C-D-C-E-間奏-A-B形式。ナザレの作品の中でも数少ない「純ヨーロッパ風」の作品で、ショパンの影響たっぷりの曲である。楽譜はナザレの生前には出版されなかったが、彼自身はこの技巧的な曲を披露するのを好んだらしく、サンパウロやポルトアレグレを訪れて催した演奏会ではこの曲を自ら弾いている。派手なアルペジオの前奏に引き続き、アルペジオ和音の旋律によるA、劇的な響きの変ロ長調のB、ポロネーズを4拍子にしたような勇ましい嬰ヘ長調のC、Cと同じリズムだが哀愁漂う嬰ニ短調のD、静かな嬰ヘ長調のEと現れる。- Hymno (Hino) da escola Pedro II ペドロ2世学校校歌
ペドロ2世 (1825-1891) はブラジル帝国の第2代かつ最後の皇帝である。ナザレの長女Eulina Nazarethは1919年からリオデジャネイロにあるペドロ2世学校で教師をしていた。Eulinaの学校の同僚のMaria Mercêdes Mendes Teixeiraが作詞をした。これ以降ナザレの作曲、Maria Mercêdes Mendes Teixeiraの作詞のコンビで数々の校歌や賛歌が作られている。ハ長調。堂々とした曲。- Magnífico, Tango brasileiro マグニフィコ(豪華に)、タンゴ・ブラジレイロ
ヘ長調、A-B-A-C-A-B-A形式。重音16分音符連打の旋律は浮き浮きするような雰囲気。Bはニ短調、Cは変ロ長調。- Maly, Tango-habanera マリー、タンゴーハバネラ
マリーとは女性の名前で、ナザレの姪のMaly Lealに献呈された。ホ短調。しずしずと奏される旋律が何とも哀愁漂う、もの悲しい曲。Aはホ短調で始まるが、終わりのみイ短調になる。Bはハ長調、Cはヘ長調になる。- Noturno ノトゥールヌ(夜想曲)
自筆譜の冒頭には "Nocturno OP.1 Ipanema 24 de novembro de 1920"と記されていおり、作曲年月日はともかくとして「作品1」とは?。既に百数十曲を作っていたナザレが此の期に及んで、この正統派クラシック風の作品をもって「作品1」と呼び始めたのか?。としてもナザレには「作品2」以降に命名された作品は無いんだけれども‥‥。変ト長調、A-B-A-C形式。この曲は美しい!。アルペジオの伴奏にのって装飾音混じりの息の長い旋律が奏され、64分音符まで現れる繊細な音色はナザレの作品の中では異色。Bは変ニ長調。Cはロ長調になり、天上の世界のようなコラール風の和音でひっそりと奏されそのまま終る。- Pássaros em festa, Valsa lenta パサロス・エム・フェスタ(鳥のさえずり)、ゆっくりしたワルツ
イ長調。静かな前奏に続き、何とも美しい、ゆったりとした旋律が奏される。Bは嬰ヘ短調。Cはニ長調で、夢見るような右手のアルペジオが現れる。-1921
- Êxtase, Romance エスターゼ(恍惚)、ロマンス
ホ長調、A-A-B-A-C-C-A形式。この曲はピアノソロ版の他に、ヴァイオリン・歌・ピアノのトリオの楽譜もかつて出版されていた(ヴァイオリンと歌は殆ど同じ旋律で、歌詞はFrederico Mariathによる)。Aはオクターブの旋律がアルペジオや前打音を伴いゆったりと奏される。Bは嬰ハ短調で、右手オクターブ旋律が急き込むような16分音符で情熱的。Cはイ長調になる。1921
- Arrojado, Samba アホジャード(賑やかな)、サンバ
ヘ長調。楽譜には "Grupo do Pinho" に献呈、と記されていて、これはギターのアンサンブルのグループだったらしい。ギターのストロークを思わせる左手の連打和音が賑やかな雰囲気で、それにのってシンコペーションの連続の旋律が奏される。Cは変ロ長調になりちょっと南国的になる。- Atlântico, Tango de massada アトランチク(大西洋)、塊のタンゴ
この曲は、原曲のピアノ曲よりもバンドリンなどを含むショーロ楽団で演奏されることの多い曲で、特にバンドリン奏者・作曲家のジャコー・ド・バンドリン (1918-1969) は何度もこの曲を録音した。ハ長調、A-B-C-A形式。Aは浮き浮きとした旋律、Bはイ短調混じり。Cはヘ長調で、三度重音が半音をトリルのように動くだけの旋律だが(下記の楽譜)、この音型は後のブラジルポピュラーの作曲家がよく使っているのを見かける。
Atlântico, Tango、41-49小節、E. Bevilacqua & Cia.より引用- Gemendo, rindo e pulando, Tango ジェメンド、ヒンド、プランド(嘆き、笑い、ドキドキする)、タンゴ
ホ短調。Aは陰うつな旋律が奏される。Bは一転してト長調のオクターブ旋律が華やか。Cはハ長調でナザレらしい16分音符の旋律がきらびやかだ。- Jacaré, Tango carnavalesco ジャカレ(アリゲーター)、カーニバルのタンゴ
1920年台にはリオのカーニバルのための作品をナザレはいくつか作曲している。ヘ長調、A-B-C-A形式。左手伴奏のリズムはハバネラの暢気な雰囲気の曲。Aの右手旋律は16分音符分散和音で前奏のような感じ。BとCで付点リズムが続く旋律が現れる。Cは変ロ長調になる。- O que há?, Tango オ・ケ・ア(どうだい?)、タンゴ
ハ長調。Aの旋律は16分音符分散和音からなる。Bはイ短調、Cはヘ長調になる。- Pairando, Tango パイランド(たなびきながら)、タンゴ
ヘ長調、前奏-A-B-A-C-A-コーダの形式。ゆったりとしたハバネラのリズムによる曲で、Aは十度の和音の豊かな響きにのって、プラルトリラー混じりの旋律が艶やかな雰囲気。Bはニ短調に、Cは変ロ長調になる。- Paulicéa, como és formosa!..., Tango brasileiro パウリセア、コモ・エス・フォルモーザ(サンパウロは何と素敵な町なのだろう)、タンゴ・ブラジレイロ
1921年に作曲されたが、1926年にナザレが初めてサンパウロを訪れた際に、サンパウロの出版社Campassi & Caminから楽譜が初版された。イ長調。Aは付点リズムの伴奏がちょっと暢気な感じで、Bは嬰ヘ短調。Cはニ長調で、ナザレお得意のバス+和音によるシンコペーションリズムの左手伴奏にのって賑やかな旋律が奏される。- Saudades e saudades!..., Marcha 歓迎、歓迎!、行進曲
「ベルギー国王に献呈」と記されたこの作品は、1920年にベルギー国王がブラジル訪問をしたのに因んで作られたと思われる。変イ長調、A-B-B-A形式。ブンチャッブンチャッという左手伴奏にのって威勢よい旋律が奏される。ピアノで弾くより吹奏楽の方がピッタリ来る感じの曲。Bは変ニ長調になる。- Xangô, Tango シャンゴ、タンゴ
シャンゴとはアフリカ由来の民間宗教カンドンブレの神の一つで、雷神とか裁きの神とか言われている。ブラジルではアフリカから連れて来られた黒人奴隷たちの一部が現在に到るまで信仰を続けている。変イ長調。左手の太鼓の打つようなリズムや、Cの部分のスタッカートの旋律など、黒人が踊っているような雰囲気だ。Bはヘ短調に、Cは変ニ長調になる。-1922
- Elegia, Morceau de salon para mão esquerda エレジア(悲歌)、左手のためのサロン風小品
変ホ長調、A-B-A形式。左手のみで奏される曲。前打音のベース+アルペジオの伴奏にのってゆったりとした旋律が流れる。Bは変ロ長調で和音連打が少し情熱的。- Fantástica, Valsa brilhante moderna ファンタスティカ(幻想的)、現代的な華やかなワルツ
変イ長調、A-B-A-C-B-A-コーダの形式。"Con brilhantismo" と楽譜に記されたAの部分は、8分音符の旋律が3オクターブを上がったり下がったりと華やか。"enérgico" と記されたBは変ニ長調になり、旋律はオクターブでこれまた華やか。Cはホ長調になり落ち着く。- If I am not mistaken (Se não me engano), Fox-trot イフ・アイ・アム・ノット・ミステイクン(もし私が間違ってなければ)、フォックス・トロット
変イ長調、A-B-C-A形式。フォックス・トロットのリズムにのった楽しい曲で、BやCの部分にはストライド奏法が出てくる。Cは変ニ長調になる。1922
- Delightfulness (Delícia), Fox-trot デライトフルネス(とても愉快)、フォックス・トロット
フォックス・トロットはイギリス由来のダンスで、当時アメリカで流行していた。ナザレはこの曲を含め4曲のフォックス・トロットを作曲していて、うち3曲は曲名を英語(とポルトガル語併記)にしている。ト長調。賑やかな旋律が奏される。Bはホ短調で、両手オクターブで華やかな響き。Cはハ長調になる。- Desengonçado, Tango デセンゴンサード(グラグラして)、タンゴ
イ長調、A-B-C-A-D-A形式。上へ下へと跳ねるような旋律が楽しい。CとDはホ長調になる。- Dirce, Valsa capricho ディルセ、ワルツ・カプリーチョ
ディルセとは女の子の名前で、「友人José Pinto de Freitasの孫娘Dirceに献呈」と楽譜に記されている。ニ長調。速いテンポのワルツだが、一抹の寂しさを漂わせるのはナザレらしい。Bはイ長調で、オクターブの旋律がおおらかな感じ。Cはト長調で可憐な雰囲気。- Elegantissima, Valsa capricho エレガンティッシマ(最も優雅に)、ワルツ・カプリーチョ
バリトン歌手のLarrique de Faroに献呈された。ナザレは元々"Elegante"と曲名を付けたが、Larrique de Faroが "Elegante" の最上級の "Elegantissima" にするよう強く勧め、そうなったとのこと。この曲が初版された1926年の2年前にLarrique de Faroは亡くなっている。変ト長調。ゆったりとした優雅な曲。カデンツァ風の前奏や間奏、また半音階のバス進行や、減七の和音が半音階で下がったりと、ショパンのワルツにも劣らない繊細な出来だ。BとCは変ニ長調で華やか。- Fora dos eixos, Tango carnavalesco フォーラ・ドス・エイシュス(並外れて)、カーニバルのタンゴ
ハ長調、A-B-A形式。カーニバル向きの陽気な歌曲(作詞者は不明)。Bはヘ長調になる。- Gaúcho, Tango brasileiro ガウシュ、タンゴ・ブラジレイロ
Gaúcho(スペイン語ではガウチョだが、ポルトガル語ではガウシュと読む)とは、ブラジル南部からウルグアイ、アルゼンチンにまたがるパンパの牧童(カウボーイ)のことで、ブラジルでは南部のリオ・グランジ・ド・スル州の住民の愛称にもなっている。1932年、ナザレはブラジル南部へ旅行している。 出発に当たってブラジル南部へ捧げる曲を作ろうと思ったが、作曲する暇がなかった。そのためナザレは今迄に作った曲でまだ出版されてないものを探し、ちょうど見つかった10年位前に作ったこの曲に "Gaúcho" と名前を付けて発表した。1932年に出版されたこの作品は、ナザレの生前に出版された曲では最後の曲となった。変ト長調。楽しそうな雰囲気の曲。変ホ短調のBと、ロ長調のCの部分は右手16分音符の旋律が延々オクターブで、弾くのはちょっと大変。- Hymno (Hino) da escola Floriano Peixoto フロリアーノ・ペイショト学校校歌
フロリアーノ・ペイショト Floriano Vieira Peixoto (1839-1895) は第2代ブラジル大統領を務めた人物で、1922年に彼の名を冠した学校が開校するにあたってこの校歌が作られた。歌詞はMaria Mercêdes Mendes Teixeiraによる。ヘ長調、A-B-A形式。とても勇ましい雰囲気の曲。Bはニ長調になる。- Improviso, Estudo para concerto インプロヴィーゾ(即興曲)、演奏会用練習曲
出版譜の冒頭には「卓越した友人のヴィラ=ロボスに捧げる」と記されている。ナザレとヴィラ=ロボスの交流は、1909年に国立音楽院で催された演奏会に二人が出演し、サン=サーンスの「動物の謝肉祭」の「白鳥」をヴィラ=ロボスのチェロ、ナザレのピアノで共演したあたりから始まっている。その後二人は、リオデジャネイロの映画館「シネマ・オデオン」のロビーでの共演を重ねた。ヴィラ=ロボスは「ナザレこそブラジルの魂を真に具現する音楽家だ」と讃え、自作の「ギターのためのショーロス第1番」(1920) をナザレに献呈している。当時の楽譜出版社にとってナザレは「ポピュラー作曲家」として認識されていたため、ヴィラ=ロボスは、ナザレのこの「演奏会用練習曲」を出版してもらうために、出版社に初版に必要な費用を払ったとのことである。1926年にナザレがサンパウロで催したの演奏会で "Impromptu" を弾いた記録もある。嬰ヘ長調、A-B-A形式。ナザレの作品の中では比較的ピアニスティックで、右手の3連16分音符が旋風のように走り抜ける。ドイツロマン派の作曲家が作りそうな曲で、シューベルトの有名な即興曲作品90の2にちょっと似ているような気がしないでもない。中間部は変ホ短調で、悩ましい旋律が奏される。- Jangadeiro, Tango ジャンガデイル(いかだ乗り)、タンゴ
現在流布しているFermata do Brasil社の楽譜には "A Alberto Nepomuceno" と記されており、作曲家アウベルト・ネポムセノに献呈されたことになるが、Casa Arthur Napoleão社の初版譜にはその記載が無いことなどから、ナザレの没後に出版社が勝手に付けたものと思われる。変ホ長調、A-B-A形式。両手オクターブの勇ましい曲。Bはハ短調になる。- Mandinga, Tango マンジンガ(魔術)、タンゴ
現在流布しているFermata do Brasil社の楽譜には "A Oscar Lorenzo Fernandez" と記されており、作曲家のオスカル・ロレンゾ・フェルナンデスに献呈されたことになるが、Sampaio Araújo & Cia.社の初版譜にはその記載が無いことなどから、ナザレの没後に出版社が勝手に付けたものと思われる。ハ長調、A-B-Aの三部形式。ずっと右手の旋律はオクターブで、お祭り騒ぎのような騒がしい曲。Bは変イ長調になる。- Marcha heróica aos 18 do Forte 要塞の18人の英雄行進曲
この当時のブラジルは、コーヒー生産で有力なサンパウロ州と畜産・酪農で有力なミナス・ジェライス州が交互に連邦の大統領を出す、いわゆる寡頭支配体制であった。(この政治体制のことを、両州の特産物を揶揄して「カフェ・コン・レイチ(=ミルクコーヒー)」と呼ぶ。)1922年、「カフェ・コン・レイチ」に従い、次期大統領にミナス・ジェライス州知事アルトゥール・ダ・シルバ・ベルナルデスが選ばれたが、これに不満を唱える青年軍人らが反乱を起こし、1922年7月5日、リオデジャネイロのコパカバーナ要塞に立てこもった。この反乱部隊は鎮圧され、翌7月6日に降伏したが、降伏命令に従わなかった18人が海岸に向かって行進し、その殆どは射殺されて反乱は終わった。ナザレはこの軍人達の勇気ある行動に感銘したらしい。異なった歌詞によるナザレの自筆譜が2種類残されていて、一つはMaria Mercêdes Mendes Teixeiraが作った歌詞付きの楽譜と、もう一つは作詞者不明でピアノ譜と歌詞が別々に記された楽譜がある。ホ長調、前奏-A-B-B-前奏-A-B-B-コーダの形式。4小節の前奏に引き続き、勇壮な行進曲が奏される。Bはイ長調。最後のコーダもイ長調である。- Meigo, Tango メイグ(優しい)、タンゴ
イ長調。ゆったりとした伴奏にのって、プラルトリラーや前打音混じりの旋律が静かに奏される。Bは嬰ヘ短調、Cはニ長調になる。- O futurista, Tango オ・フトゥリスタ(未来派)、タンゴ
1910-1920年代に、イタリアをはじめ世界各地で「未来派 (Futurismo)」と呼ばれる前衛芸術運動が起こった。ブラジルでも、1922年にサンパウロで催された「現代芸術週間」ではヴィラ=ロボスなどの新しい音楽が紹介されたが、ナザレもこの動きに合わせて「未来派」という曲を考えたのか、さもなくばナザレお得意の「未来派」に対する皮肉で付けた曲名かもしれないが。ホ長調だが、ナザレの作品の中では珍しく変化記号がやたら多く、明らかな不協和音とまではいかないがナザレなりの新しい響きを目論んで作ったことが窺える。装飾音やトリルの多い8小節の前奏に引き続き、気だるい旋律が奏される。旋律も対旋律もアチャッカトゥーラ混じりの半音階進行が多く、ダブルシャープ記号も目立つ。Bは嬰ハ短調、Cはイ長調になる。CodaにIV♭の和音を使うのもナザレでは珍しい。- Pinguim, Tango brasileiro ペンギン、タンゴ・ブラジレイロ
元はRessacaという曲名だったが、ナザレの友人で冷蔵庫屋のOscar Rochaに "Pinguim" という題名で献呈された。(ペンギンとは冷蔵庫屋に相応しい曲名だね。)Oscar Rochaは1930年に冷蔵庫屋を開業しており、ナザレは1922-1926年頃に作曲していたこの作品を1930年に献呈したと思われる。変ホ長調。うきうきしてくるような楽しい曲。Bはハ短調で、16分音符の旋律が滑らかに奏される。Cは変イ長調で華やかな雰囲気になる。- Por que sofre?..., Tango meditativo ポル・ケ・ソフレ?...(なぜ悩むの?...)、タンゴ・メディアテイヴォ
ホ短調。哀愁漂う旋律が奏される。Bはト長調で、16分音符和音連打の旋律が静々と奏される。Cはホ長調になる。- Subtil (Sutil), Tango brasileiro スブティウ(繊細な)、タンゴ・ブラジレイロ
音楽評論家のOscar Guanabarino de Sousa Silva (1851-1937) に献呈された。この頃ナザレの息子のDinizは郵便電信会社に勤めていたが、会社の上司がGuanabarinoだったとのこと。イ長調。トリル混じりの旋律が気取った感じのゆったりとしたタンゴ。Bは嬰ヘ短調、Cはニ長調になる。- 1922, Tango brasileiro 1922年、タンゴ・ブラジレイロ
自筆譜では "Para o Carnaval, -Samba -" という副題だったが、出版譜ではTango brasileiroとなっている。イ長調、A-B-A形式。伴奏の後打ちのリズムや旋律ともども、とてもシンコペーションが効いた曲で、元々はカーニバルのための曲を目論みて作曲したのだろう。Bはニ長調で、両手ともオクターブの華やかな響き。- Yolanda, Valsa イオランダ、ワルツ
自筆譜の元々の曲名は "Adorável" であったが、後に "Yolanda" という曲名でナザレの親友の画家Gasper Coelho de Magalhãesの娘Yolandaに捧げられた。ニ長調。可憐な娘を描いたような曲。Bはロ短調で、8分音符の旋律がひらひらと舞うよう。Cはト長調で、優雅な旋律がオクターブで奏される。1923
- Beija-flor, Tango brasileiro ベイジャ・フロール(蜂鳥)、タンゴ・ブラジレイロ
ナザレ自身の作詞による歌曲。自筆譜に "tango carnavalesco para 1923" と記されており、1923年の作曲と思われる。ト長調、A-B-C-A形式。陽気な曲。「私がもし蜂鳥だったら、貴方の唇に停まって‥‥」といった求愛の内容の歌が歌われる。- Escorregando, Tango brasileiro エスコレガンド(滑るように)、タンゴ・ブラジレイロ
ナザレの作品の中でも人気の一曲。ハ長調、A-B-C-A形式。延々と続く16分音符の旋律は、(特にBの部分の連打音の所など)題名通りあたかも鍵盤の上を指が滑るようで何とも楽しい曲。Cはヘ長調に転調して、左手の跳躍の広いリズムと右手のオクターブの旋律がとても華やかで、最高にノリノリ!(技巧的にはテンポを落とさずに上手に弾くのは結構難しい‥‥。)- Hymno (Hino) da escola Esther Pedreira de Mello エステル・ペドレイラ・ジ・メロ学校校歌
自筆のピアノ譜が残されているのみで、歌詞は(存在したのかも含めて)不明であるが、1923年に同学校で演奏されたらしい。変ロ長調。堂々とした曲。- Tudo sobe!..., Tango carnavalesco トゥドゥ・ソーベ(全てが上がる)、カーニバルのタンゴ
イ長調、前奏-A-B-前奏-A-B形式。自筆譜では、ナザレ自身による歌詞が楽譜の旋律の上に書かれており、ナザレはこの曲を歌曲として作曲したらしい。しかし出版時にはA、B各々の最初の1小節にのみ歌詞の一部が記され、全体の歌詞は楽譜の最後に載っている。また自筆譜ではナザレの作品では一般的な "Tango brasileiro" という副題が記されていたが、出版の際に "Tango carnavalesco" に変えられている。歌詞は「借りれる家がない、全ては止まらず上がって行く、いったいどこで家を借りれるんだ‥‥」「リオでは全ては止まらず上がって行く、今や暮らしは壊れ、通りに人は溢れ、家は空っぽだ‥‥」と歌われていて、どうも家賃などの物価高騰を皮肉った内容である。Aの部分は皮肉の歌らしく空元気で、Bは歌では「トラ・ラ・ラ・ラ」と開き直って陽気に歌っている感じである。1924
- O alvorecer, Tango de salão オ・アルヴォレセール(夜明け)、サロン風タンゴ
ナザレの作品で唯一「サロン風タンゴ」の副題の付いた曲。作曲家のエドゥアルド・ソウトに献呈。ナザレは1919年から1925年までエドゥアルド・ソウトが経営する楽器店 "Casa Gomes" の店専属ピアニストとして働いていた。ソウトは1919年作曲の "O despertar da montanha, Tango de Salão(山の夜明け、サロン風タンゴ)" が大ヒットしており、このナザレの作品の曲名はこれをもじったと思われる。(ナザレの自筆譜では元の曲名は "Ensimesmado" であった。)変イ長調。付点リズムの和音伴奏にのって、アルペジオが優雅に上下する落ち着いた旋律が爽やかな雰囲気。Bはヘ短調で、右手16分音符連打が哀愁をもって奏される。Cは変ニ長調で、ナザレらしいシンコペーションの伴奏にのって、アルペジオの旋律が華やか。- Proeminente, Tango brasileiro プロエミネンチ(卓越した)、タンゴ・ブラジレイロ
自筆譜には "Sem jaça(欠点無し)" "Proeminente" と二つの題名が記されているが、出版譜は "Proeminente" となった。ポーランドのピアニスト、ミェチスワフ・ホルショフスキー (1892-1993) に献呈された。ホルショフスキーは1924年にブラジルを演奏旅行しており、ナザレは彼の「卓越した」演奏に感銘してこの曲を作ったのかもしれない。曲はイ長調。Aはナザレらしい浮き浮きした旋律。Bは嬰ヘ短調で、旋律の連打音や音階が名ピアニストを描いているのかも。Cはニ長調でこれまた賑やかな旋律だ。- Saudação ao Dr. Carneiro Leão, Hino カルネイロ・レオン先生に敬意を
Antônio Carneiro Leão (1887-1966) は作家・教育者。ピアノ譜とは別にMaria Mercêdes Mendes Teixeiraによる歌詞が残されている。ハ長調の勇ましい曲。- Saudação ao Sr. Prefeito Alaor Plata, Hino 市長アラオル・プラタ氏に敬意を
Alaor Prata Leme Soares (1882-1964) はジャーナリスト・政治家で、この曲が作られた頃はリオデジャネイロ市長を務めていた。ピアノ譜とは別にMaria Mercêdes Mendes Teixeiraによる歌詞が残されている。変イ長調の勇ましい歌。1925
- Plangente, Tango brasileiro (com estylo de habanera) プランジェンチ(悲しみ)、タンゴ・ブラジレイロ(ハバネラのスタイルで)
嬰ト短調。題名通りの全曲悲しい雰囲気で、ナザレの心の琴線に触れるような隠れた名曲。Bはロ長調になる。Cは変イ長調になり、郷愁に溢れるような感じで、また心が打たれます。-1926
- Salve, Salve!, as nações reunidas! (Hino da cultura de afeto às nações) サウベ・サウベ!、アス・ナッソエス・レウニダス(万国の連合、万歳!)
Maria Mercêdes Mendes Teixeira作詞による二部合唱とピアノのための曲。1926年に出版された「校歌曲集」というアルバムの中に、《Hino da cultura de afeto às nações》という曲名で収載された。変イ長調。後の1935年にヴィラ=ロボスはこの曲をアカペラ二部合唱に編曲し、同年に出版された。1926
- Até que enfim... (Time is Money), Fox-trot アテ・ケ・エンフィム...(やっと...、時は金なり)、フォックス・トロット
出版譜では曲名はポルトガル語の "Até que enfim..." だが、ナザレの自筆譜では英語の "Time is Money" と記されている。ト長調、前奏-A-A'-B-B-前奏-A-A'形式。右手旋律がシンコペーションの連続で浮き浮きした雰囲気の曲。Bはホ短調になる。- Celestial, Valsa セレスチアウ(天国のような)、ワルツ
イ長調、A-A-B-B'-C-C-A形式。5小節の前奏に引き続き、上へ下へと舞うような優雅な旋律が現れる。Bはニ長調で、旋律のオクターブ和音が華やか。B'は先程のニ長調の旋律がそのままニ短調になる。 Cはニ長調で、また上へ下へのアルペジオの艶やかな旋律だ。- Cruzeiro, Tango クルゼイル、タンゴ
変ニ長調、A-B-C-A形式。Aの部分は同じ音型が和音を変えながら音階進行する、"Odeon" などでも見られるナザレお得意の手法。Bは変ロ短調になり、右手高音オクターブの旋律がきらびやか。Cは変ト長調になり旋律はシンコペーションのアルペジオ、と全曲通しての曲想の変化も楽しい。- Faceira, Valsa ファセイラ(気取った女性)、ワルツ
ト長調。「気取った女性」にしてはちょっと影を引きずっているような、やや物悲しいワルツ。Bはホ短調で哀愁が漂う。Cはハ長調。- Janota, Chôro brasileiro ジャノータ(気どり屋)、ショーロ・ブラジレイロ
ヘ長調。全曲、旋律がフルートの音色を思わせる16分音符が上下に行ったり来たり続く。ショーロと言っても、この曲ではナザレお得意のシンコペーションは現れず、ポルカのリズムに近い曲であるが、ショーロ黎明期はこんな感じだったのだろう。Bはニ短調、Cは変ロ長調になる。- Paraíso, Tango (estilo milonga) パライス(天国)、タンゴ(ミロンガのスタイル)
嬰ヘ長調。南国的な、平和な雰囲気の曲。Bは嬰ニ短調になり、左手伴奏は確かにミロンガのリズムだ。Cはロ長調になり、低音連打が野性的。- Quebra cabeças, Tango ケブラ・カベッサス(難問)、タンゴ
1931年にこの曲が演奏された時は "Jongo" という曲名だったらしい。Jongoとはアフリカ(おそらくアンゴラあたり)を起源とする踊りのこと。ニ長調。Aの部分は右手和音連打の旋律で、黒人が打ち鳴らす太鼓の連打のようにも聴こえる。Bはロ短調になる。Cはト長調でシンコペーションの左手伴奏にのった右手旋律が気持ち良さそう。- Sentimentos d'alma, Valsa センチメントス・ジアルマ(心の内)、ワルツ
ト長調。ナザレらしい優雅なワルツ。Cはハ長調になる。Zênite, Tango ゼニチ(絶頂)、タンゴ
実は、この曲はナザレの作品ではないです。作曲家・指揮者・ピアニストのOdmar Amaral Gurgel(Maestro Gaóという愛称で有名、1909-1992)が作った曲である。Gaóは1926年頃にサンパウロでナザレと知り合い、ナザレはGaóのために一曲作曲する約束をしたのだが、結局作ってもらえなかった。そこでGaóは自分でナザレ風の曲を作ってナザレ作曲・Gaó監修として出版してしまったらしく、長らくナザレの曲として出版されていた。Gaóは晩年のインタビューで自作であることを白状している。曲はト長調。良く出来た曲なんだけど、形式がA-B-Aの三部形式なのはナザレの作品にしては珍しく、和音の使い方も何となくいつものナザレとはちょっと違う。中間部はハ長調になる。1927
- Cubanos, Tango brasileiro クバーノス、タンゴ・ブラジレイロ
楽譜には "grande industrial Sr. Fernando Rocha Brito(偉大な企業家フェルナンド・ロシャ・ブリトへ)" と献呈が記されている。Fernando Rocha Britoは "Cubanos" という名の葉巻を生産をしていたとのこと。A-B-C-A形式。変イ長調だが、冒頭はヘ短調かと思う曲想で始まる。ゆったりとした、ちょっとハバネラみたいな曲なところはキューバ風。Bはヘ短調で、16分音符が上へ下へと舞うようなナザレらしい旋律。Cは、Aへ戻る経過句のような短いフレーズが現れる。- Dor secreta, Valsa lenta ドール・セクレータ(秘密の苦悩)、ゆったりとしたワルツ
ト短調。悲痛な雰囲気の旋律がオクターブでしみじみと奏される。Bは変ロ長調。Cは変ホ長調になり、郷愁あふれる感じ。- Encantador, Tango brasileiro エンカンタドール(魅惑的な)、タンゴ・ブラジレイロ
変ロ短調。この曲は1927年に書かれた自筆譜(この時出版されたかは不明)と1968年に出版された楽譜ではBやCの部分が全く異なっていて(Aの最後も若干異なる)、どちらがーそれとも両方共ーナザレのオリジナルなのか不明である。Aの部分はちょっと官能的な旋律が左手に呟くように奏される。1927年の自筆譜ではBは変ニ長調でオクターブの旋ひ華やか、Cは変ロ長調になる。1968年版ではBは変ロ短調のままでナザレにしては珍しい哀愁たっぷりの調べ、Cは変ト長調で1897年初版の "Feitiço" のDの部分と全く同じ。どうも1968年の出版譜は、ナザレ以外の編集者か作曲家(おそらくMaestro Gaóであろうとする文献がある)が手を加えたような気がする‥‥。- Marcha fúnebre マルシャ・フネブリ(葬送行進曲)
楽譜には「尊敬するサンパウロ州知事Dr. Carlos de Camposを悼んで」と記されている。1924年よりサンパウロ州知事を務めていたCarlos de Camposは音楽家でもあり、またナザレとも親交があったとのことだが、1927年4月に急死している。ナザレはCarlos de Camposの死後6日目にこの曲を書いている。イ短調、A-B形式。4小節の前奏に続いて、重々しい左手4分音符と右手3連符にのって、故人を嘆くような旋律が奏される。Bは一時ハ長調になるが、直ぐに悲しいイ短調の調べに戻って終る。1928
- Cavaquinho, porque choras?, Chôro カヴァキーニョ、ポルケ・ショラス?(カバキーニョ、何故泣くの?)、ショーロ
変ロ長調。Ameno ResedáやApanhei-te, cavaquinhoと同様、全曲ト音記号で奏される。高音部のみの曲ながら、右手旋律・左手伴奏和音ともにオクターブなので賑やかな響きで、軽快に弾くのは難しい。Bはト短調、Cは変ホ長調になる。
Cavaquinho, porque choras?, Chôro、1-8小節、Mangione, Filhos & Cia Ltda.より引用- Ipanema, Marcha brasileira イパネマ、ブラジルの行進曲
前奏-A-B-C-後奏の形式。嬰ヘ短調のようなイ長調のような曲で、威勢よい行進曲が奏でられる。Cはニ長調になる。1929
- Comigo é na madeira, Samba brasileiro コミーグ・エ・ナ・マデイラ、サンバ・ブラジレイロ
マデイラとは樹木、木材といった意味の他にギターのことも指すらしい。ハ長調、A-B-A形式。サンバのリズムをギターのストロークで打鳴らし続けるような元気な曲。Bはヘ長調になる。- Crises em penca!..., Samba brasileiro carnavalesco para 1930 クリージス・エン・ペンカ(大変な危機)、1930年のカーニバルのためのサンバ・ブラジレイロ
1920年代にナザレが作ったピアノ曲 "Tango-habanera"(変ホ短調)をハ短調に移調し、カーニバルのための歌曲とした。歌詞は "Toneser" によると自筆譜に記されているが、これはナザレ自身のことらしい(エルネスト・ナザレのEr-nes-toを並び替えている)。A-B-A-B-A形式。躍動的な雰囲気で、Bがハ長調になるのがいい。- Exuberante, Marcha carnavalesca para 1930 エズベランチ(生き生きとした)、1930年のカーニバルのための行進曲
ナザレ自身の歌詞による歌曲。この曲は2つの自筆譜が現存していて、一つには元々の曲名《南アメリカ Sul América》(当時ナザレが住んでいた通りの名前だったらしい)を消して《Exuberante》に書き換えた跡がある。もう一つの自筆譜では "Toneser" というナザレ自身のペンネームと歌詞が記されている。ヘ長調、A-B-A形式。マーチらしい伴奏にのって威勢の良い歌が奏される。Bは変ロ長調になる。- Feitiço não mata, Chôrinho carioca フェイティース・ナン・マータ、ショリーニョ・カリオカ
Ary Kernerによる歌詞の付いた曲。自筆譜での副題は "Cançoneta" だったが、出版譜は "Chôrinho carioca" に変わっている。変ロ長調。静かな前奏-陽気なAとBと続くのが繰り返される。1930
- Resignação, Valsa lenta ヘズィグナサン(諦め)、ゆったりとしたワルツ
自筆譜に "Junho 1930(1930年6月)" と記されており、ナザレの最後の作曲であるとされている。ニ長調。特に飾り気も無い単純なワルツながら、そこはかとない寂し気な雰囲気を漂わせるのはナザレらしい。Bはロ短調、Cはト長調になる。作曲年不詳
- Beijinho de moça, Tango ベイジーニョ・ヂ・モーサ(女の子の口づけ)、タンゴ
未完成の手稿譜のみが残されている。- Plus ultra, Fox-trot プルス・ウルトラ、フォックス・トロット
未完成の手稿譜のみが残されている。- Respingando, Tango ヘスピンガンド(跳ね飛ばして)、タンゴ
未完成の手稿譜のみが残されている。